ダブルアンコール(紅珠)

幽霊としての暮らしにすっかり慣れたある日のこと。
今日は紅華さんと一緒に映画を見に行った。
映画はとても面白かった。
子供向けのアニメーション映画だったけれど、物語が佳境に近づくにつれ、じわりと涙が滲んだ。
一緒に見ていた紅華さんがすすり泣いていることに気づいた時は、可愛いな、なんて思ってしまった。
その帰りに、うっかり通り過ぎてしまった。

「あ」

思わず立ち止まった私に紅華さんが不思議そうな顔をする。

「どうかしたのか?」
「あ、いえ……ここ、よく来てたカフェなんです」

そこは生前よく立ち寄ったカフェだった。
特に季節のパフェが大好きで、新しいものに変わる度に足しげく通ったものだ。
幽霊としての暮らしは楽しい。
煩わしい事なんてほとんどないし、気をつけなければならない事といえば悪霊にならないようにくらいだろう。
それも紅華さんが一緒にいてくれれば心配はない。
日々は充実していた。ある一転を除けば。

「幽霊ってお腹空かないですもんね」
「食べたくなったか?」
「……はい」

幽霊は食事が出来ない。
お腹が空かないんだから困ることではないけれど、やっぱり甘いものは別格だった。
甘いものは生きるために食べていたんじゃない。ただ好きだったから食べていた。
その事実に今更気づかされてた。
ガラス越しに見える店内の様子。学校帰りの女の子たちがパフェを美味しそうに食べている。
パフェのてっぺんに乗った大きな苺をぱくりと頬張る瞬間、思わず喉が鳴ってしまった。

「珠沙」
「ごめんなさい、こんな事いっても仕方ないですよね。学校に戻りましょうか」
「いや、ちょっとこっちに来てくれ」

紅華さんは私の手を取ると、お店とお店の間の狭い道へと私を連れて行った。
こんな薄暗い場所に何があるんだろう。
紅華さんに訊ねようとした時、不意に強い力で引き寄せられた。

「!」

紅華さんの腕の中にすっぽりとおさまった私。
もう動いていないはずの心臓が早鐘を打つような錯覚を覚える。

「紅華さ――」
「甘いものは食べさせてやれないが」

苺のように赤い瞳が近づいてくる。
あ、と思った瞬間、唇が重なった。

「ん……っ」

差し込まれた舌が、私の舌を絡めとる。くちゅりと水音が鳴り、顔が熱くなる。
舌を絡ませ、強く吸ったかと思えば、今度は口内のあちこちを舐め回される。
息の仕方が分からなくなって、たまらず紅華さんの服の裾を強く握った。
どれくらいそうしていたんだろう。時間にすれば数秒、長くても一分に満たなかっただろう。
だけど、私には物凄く長い時間に感じた。

「はッ……はぁ」

唇が離れた瞬間、深く息を吸い込むと紅華さんが困ったように笑った。

「すまない。どうもお前に触れていると加減が分からなくなってしまう」
「いえ、それは……私も同じなので……」
「! あんまり俺を試さないでくれ」

そう言って紅華さんは私をもう一度ぎゅうっと抱きしめる。

「それでどうだ? 甘かったか?」
「……!」

突然のキスの意図をようやく理解した。
その途端、ぶわりと熱がよみがえる。触れた唇は柔らかく、絡めた舌は甘く痺れた。
パフェよりも甘いそれを与えた紅華さんの唇を思わず見入ってしまう。
私は甘いものが好きだ。大好きだ。だから一回だけなんて我慢出来ない。

「よくわからなかったのでもう一度……」

私はいつかの時のようにアンコールする。
紅華さんは目を細めて笑うと、私の望みをかなえてくれた。

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