ころんとしたフォルム。こんがりとした焼き色。
それだけで食欲がそそられる。
それをフォークで割って、口に運ぶ瞬間はいつだって胸が踊る。
「んー美味しい!このスイートポテト絶品です!」
「良かった。玲さんは本当に美味しそうに食べてくれるので作り甲斐があります」
豪さんは安心したように微笑むと、温かい紅茶を淹れてくれた。
今日は私も豪さんも休日。
豪さんに来週からお店で出すメニューを一足先に試食してもらえないかと頼まれ、彼の自宅で試食会をすることとなった。
豪さんの作る料理は絶品で、始めたカフェもオープンしてから瞬く間に人気となった。三種類のきのことベーコンをたっぷり使ったクリームパスタ、濃厚なカボチャポタージュ、スイートポテト。どれも美味しくてぺろりと平らげてしまった。
(どうして食べ物って食べたらなくなるんだろう……)
ひどく当たり前の事を思いながら、残り僅かなスイートポテトを見つめる。
あと三口で幸福が終わってしまうことが悲しくてたまらない。
「このスイートポテト、まだ終わりじゃないんです」
「え!?ここから何か起きるんですか?」
「ちょっと待っていてくださいね」
豪さんは立ち上がると、冷凍庫を開けて何かを取り出した。もしや、とドキドキしていると予感は的中した。
「スイートポテトにはバニラアイスも合うと思うんです」
「わー!豪華!」
スイートポテトの隣に、ぽてっとバニラアイスが添えられ、歓喜の声をあげた。
「このバニラアイスも豪さんが作ったんですか?」
「はい。アイスは結構簡単に出来るんですよ」
アイスと一緒に持ってきてくれたスプーンを受け取り、早速スイートポテトの上にアイスを乗せ、ぱくりと頬張る。
「どうですか?」
「豪さん、これは間違いないです」
「ふふ、良かったです。一緒に出すお茶、バニラアイスを添えるならアッサムでもいいかなと思ったんですけど、ほうじ茶でも合うかなと思ってるんですけど、どうですか?」
「そうですね……個人的にはほうじ茶でほっと一息というのも良いなぁと思います。でも、アッサムも捨てがたいです」
「じゃあ、選べるようにしましょうか」
「天才です」
話に夢中になっていると、バニラアイスが溶け始めていた。それをスイートポテトに乗せ、今度は豪さんの口元へ運ぶ。
「玲さん?」
「こうやって食べたら美味しかったので、豪さんもぜひ」
きっと豪さん自身も試食した時に同じように食べているだろう。だけど今、この美味しさを共有したい。
「では、いただきます」
私の意思を汲み取って、豪さんが口を開く。
「どうですか?」
「ふふ、玲さんに食べさせてもらうとより一層美味しく感じます」
照れ笑いを浮かべ、豪さんはそう言った。
食べ終わった後片付けは私がやると言ったけれど、「折角だから一緒にやりましょう。その方がずっと一緒にいられます」と豪さんに押され、結局後片付けも豪さんの手を借りてしまった。
綺麗に洗ったお皿を拭いて、食器棚に戻す。
「豪さんはたまにひとの手料理を食べたくならないんですか?」
「え?」
「一人暮らしをしてると、自ずと出来合いのものか自分の料理ばかりになるじゃないですか。豪さんってあんまり外食もしないし、ひとが作ったもの食べたくならないのかなーって」
豪さんとお付き合いする前、節約も兼ねて忙しくない時は自炊を頑張っていたけれど、猛烈にひとが作ったものが食べたくなることがよくあった。
「そうですね……ひとの手料理というか、玲さんの手料理なら食べたいです」
「私の手料理ならいくらでも!」
「本当ですか?嬉しいな」
「ちなみに食べたいものありますか?」
「そうですね。玲さんが作ってくれるなら何でも――って言いたいところですが、なんでもって言われるのが一番困りますよね」
「あはは」
でも、きっと豪さんは私が何を作っても喜び、心から美味しいと言ってくれるのだろう。彼はそういう人だ。
豪さんと過ごした休日から一週間が過ぎた。
今週は私の休日出勤がないため、カルペ・ディエムもお休みだ。
というわけで今日は豪さんを自宅に招いて、日頃沢山の人を料理で幸せにしている豪さんを労うことにした。
「玲さん、こんにちは。今日はお招きありがとうございます」
「いらっしゃい、豪さん」
「おや、もういい匂いがしますね」
「あはは、もう出来てるので上がってください」
玄関にまで漂う香りに目を輝かせる豪さんを部屋の中に案内する。
「今料理運んできます」
「手伝えることはありますか?」
「大丈夫です。座っててください」
豪さんを残し、キッチンへ舞い戻る。
蓋を外し、フライパンからお皿へ料理を移す。
スープをよそい、冷蔵庫にしまってあったサラダを取り出し、近所のパン屋さんで買ったバケットをこんがり焼いて、お皿に乗せた。
「お待たせしました!」
「わあ!すごいご馳走ですね」
テーブルに並べた料理の豪さんが歓声をあげる。
煮込みハンバーグとシーザーサラダ、コンソメスープ、バケット。
一つ一つを見れば、そこまで手の込んだ料理ではないものの、小さなテーブルに並べると圧巻だ。
「冷めないうちに食べましょう」
「ありがとうございます。いただきます」
豪さんは手を合わせた後、スープを一口。
それからハンバーグに手をつけた。
「美味しい。デミグラスソースに赤ワインとバターが入っていますか?いい味付けですね」
ドキドキした気持ちで豪さんの食べる様子を見守っていたので、彼の反応にほっと胸を撫でおろす。
「良かったー!市販のデミグラスソースを使ったんですけど、レシピを見て味付けしたんです」
「とっても美味しいです」
「じゃあ私も」
ナイフとフォークでハンバーグを切り分ける。
じゅわっと溢れる肉汁。よしよし成功だ。
ハンバーグってレシピの時間通りに焼いても生焼けになったりして苦手だった。
けれど、折角豪さんに手料理を振舞うなら今まで作ったことのないものが良いと考え、思い切ってハンバーグを作ることに決めた。
煮込みハンバーグだったら、その名前の通りじっくり加熱出来るから失敗も少ないだろう。そう思って選んだけれど、今度は加熱しすぎてお肉がボソボソしてしまったりと悲惨だった。
(おかげで今週は毎日ハンバーグ食べてたなぁ。でも、今日のは美味しく出来てるから良かった)
「このバケットも美味しいですね」
「以前豪さんと散歩してる時に前を通ったパン屋さんですよ」
「ああ、あそこの!今度行ってみます」
「二人で行きましょう」
「ふふ、ぜひ」
ちぎったバケットにデミグラスソースをつける。文句なしで美味しい。
「本当だ。すごく美味しい。
これだったら平日作った時も一緒に食べれ――んんん!」
うっかり平日特訓していた事が口から飛び出そうになった。慌てて咳払いをしても遅かった。
「練習してくれたんですか?」
「……実はハンバーグ作るのあんまり得意じゃなくて」
「それなのに頑張ってくれたんですか?」
「豪さんはいっつも美味しい料理を色々と作ってくれるので、私も豪さんに食べてもらえる料理を増やしたいなって思ったんです」
「玲さん、ありがとうございます。とっても美味しいです」
豪さんはハンバーグを頬張り、もう一度そう言ってくれた。
「ご馳走様でした。美味しかったです」
「お粗末様です」
綺麗になったお皿を見ると、満ち足りた気持ちになっていく。
きっと豪さんもいつも空になったお皿を見て、同じように感じているのだろう。
「ねえ、玲さん」
「なんですか?」
「玲さんの手料理でおなかいっぱいになったんですけど、やっぱりデザートは欠かせないと思うんです」
「ふふ、そう言うと思ってちゃんと用意してありま――」
豪さんのように手作りのアイスやスイートポテトは難しかったので、果物を買っておいた。
それを剥いて一緒に食べるつもりだったのだが、私の言葉は豪さんの唇によって遮られる。
重なった唇は、私の唇の端をぺろりと舐めてから離れた。
「デザート、食べてもいいですか?」
私の頬を撫でる指先。海のように真っ青な瞳が熱を孕んでいて、『デザート』の意味を理解した。
「……美味しく食べてください」
「ふふ、もちろんです」
きっと豪さんは『デザート』も綺麗に平らげてしまうだろう。
それを期待しながらそっと目を閉じる。
いただきます。そう言ってもう一度唇が重なった。