おやすみ、姫君(知遮)

夫婦となり、共に過ごすようになったとはいえ知盛は多忙だ。
日が出ている頃に顔を合わせる事なんて朝の僅かな時間しかなく。
夜、眠りにつくまでの時間しかゆっくりと一緒にいる事が出来ない。

(忙しいんだから仕方ない。仕方ないんだが……)

知盛は十分良くしてくれている。会えない時間を埋めるように隙あれば私を抱き寄せ、愛の言葉を耳元で囁く。嬉しいが少しくすぐったい夫からの愛情表現を一心に受けているのだが。

「義経、そろそろ寝ようか」
「……ああ」

甘い口づけを一つ落として、知盛が離れる。
そうして私たちは床に就くのだが、なぜか私たちの間には拳三つ分くらいの距離がある。
知盛は私の頭をゆっくりと撫で、頬にかかっていた髪を優しく払うとそっと手を差し出してくるのだ。

「姫君、手を」
「…………嫌だ」

夫婦になってから毎晩毎晩手を繋いで眠る。
ただ、それだけなのだ。
想いが通じ合う前は私を抱きしめて眠ったりしてきた知盛が、想いが通じた後も手を繋いで眠るだけなのだ。

「え?」

私の言葉に驚いたように目を丸くする知盛。
ちょっと意外な反応だったので、思わず頬が緩みそうになるが笑ってしまっては台無しだ。
私はこほんと軽く咳ばらいをして、知盛を見つめ返す。

「どうして手を繋ぐんだ」
「それは……その方が姫君も安心するだろう?」
「それはそうかもしれないが……私たちは夫婦だ。夫婦なのに手を繋いで眠るだけだなんて。普段は散々私の事を抱きしめるくせにどうして眠る時は手を繋ぐだけなんだ」

少し早口になりながら、思っていた事を一気に吐き出す。
全てを言い切った後も知盛は何も言わず、静かにこちらを見つめるばかり。
段々気まずくなってきた私は知盛に背を向けた。

「姫君」
「……」
「今のは、手を繋いで眠るだけは不満だという事で良いのかな?」
「…………」

知盛の口から自分の発言を問いかけられると恥ずかしい。
自分は随分はしたない事を口にしてしまったような気がして、知盛の方を見ることも彼の問いに答える事も出来ない。

「……義経」

その声に少し寂しさが滲んで聞こえた。
羞恥心を捨てて、私は再び知盛の方を向くと、知盛は全然淋しそうな顔をしていなかった。むしろ嬉しそうだ。

「なっ、騙したな!?」
「おや、心外だね。私は愛おしい妻の名を呼んだだけだよ」
「~~っ!」

距離を取ろうともがくが、抵抗空しくあっという間に知盛の手が伸びてきて、私を腕の中に閉じ込めてしまう。

「こうしていると姫君の体温が心地よいね」
「……お前だって温かいぞ」

触れ合っている部分から伝わってくる知盛のぬくもりは心地よい。
腕の中にいると、一人で眠るよりも、手を繋いでいる時よりも、安心した。

「明日から毎日こうして眠ろう。それでいいね?」
「……ああ、それでいい」

思い切って言ってみて良かった。
知盛のぬくもりに包まれながら、次第に瞼は重くなっていく。

「おやすみ、義経」

知盛の声がした後、額にあたたかなぬくもりが落ちる。
――ああ、幸せだな。
眠りに落ちる直前、改めてそう思った。

 

 

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