夫婦円満の秘訣(教遮)

教経と共に暮らすようになってしばらく経った。
最初の頃は突然現れたよそ者を遠巻きに見ていた村人たちと最近では随分打ち解けた。
今日も村の女性たちと集まり、料理を教えてもらっている。
丁寧に皮をむき、ことこと煮込んだ里芋はつやつやしていてまるで宝物のように鍋の中に納まっている。
それを一つ小皿にとって割って味見する。

「うん、良い味付けね」
「本当か?」
「ええ、義経さん随分上達したわね!」
「そうだといいんだが……」

今まで料理なんてほとんどした事がなかった。
いや、武芸の腕を磨く事しかしてこなかった私には全ての事が目新しかった。
ここには私と教経しかいない。二人で生きていくと決めたからには今まで出来なかった事もやっていかねばならない。
最初は美味く作れなかった料理も少しずつ上達していく。それを他者に認めて褒めてもらえる事は嬉しいが、少しくすぐったい。

「こんなに早くお料理が上達するなんて、旦那さん喜んでるでしょう?」
「あ、ああ……いつも美味いとは言ってくれる」
「いいなぁ! うちなんて美味しいなんて言わなくなっちゃったもの」
「そうなのか? あなたの作る料理はとても美味いのに」
「……ありがとう、義経さん。あ、でもね。あなたたちのところを見習って最近私のところも仲良いのよ、今朝だって――」

今まで恋とは無縁に生きてきた。
そのせいで教経への想いがどう呼ばれるものなのか気づくのに随分時間がかかった。
こんな風に女性と恋の話をする日が来るなんて夢にも思わなかったが、こういう時間も凄く楽しい。
――しかし

「……そ、それは本当に?」
「ええ。義経さんもしてみたらきっと喜ぶと思うわ」

今朝、彼女がご主人に何をしたか聞いて顔が熱くなる。
「か、考えてみる」と答えるのが精いっぱいだった。そんな私を見て、彼女はにっこりと笑うのだった。

 

作った煮っころがしを持って帰ると、ちょうど教経が畑仕事から戻っていた。

「おかえり、教経。早かったんだな」
「ああ、お前も今戻ったのか?」
「今日は煮っころがしの作り方を教えてもらっていたんだ。ほら」
「それは美味そうだな」

器に盛られた煮っころがしを見て、教経が目を細めて笑う。
そんな顔をするくらい煮っころがしが好きだったのか。これからは沢山作ってあげられるだろうから教経はもっと喜んでくれるはずだ。
そう思ったら胸の奥が暖かくなった。

「義経?」
「ああ、いや。お茶! お茶を煎れるから座っててくれ」
「お前も今戻ったんだろう? 俺がやるから座っていろ」

そう言われてしまえば無下にする事など出来ず、言われた通り大人しく座って待つ。
しばらくすると湯呑を二つ持った教経が戻ってくる。

「段々寒くなってきたな」
「ん、そうだな……」

湯呑を両手で持つとじんわりと手が温まる。
他愛のない話をしながらゆっくりとお茶を飲んでいると、先のお茶を飲み干した教経が立ち上がる。

「教経?」
「もうひと仕事してくる。少し遅くなるかもしれないが、夕餉の時間には間に合うように戻ってくるつもりだ」
「わ、わかった」

慌てて私も立ち上がり、教経の後を追う。
入口までついていくと、教経が不思議そうな顔をしてこちらを向いた。

「義経、何か言いたい事でもあるのか?」
「え?」
「なんだか今日のお前は歯切れが悪い」
「………」

さっき聞いた言葉が頭の中で再生される。
やってみればきっともっと夫婦円満だと。今でも十分かと思うが、それでももっと円満になるのなら。
覚悟を決め、教経の服の裾を引っ張る。

「教経……!」
「ん?」

ぐっと引き寄せ、少し背伸びをして。
ぶつかる勢いで、教経の唇に自分のそれを重ねた。

「い、いってらっしゃいの口づけだ……!」
「―-っ!?」
「こうすれば家内安全夫婦円満だと聞いたんだ!」

教経は瞬きすることも忘れて私の顔を凝視する。
途端に羞恥で顔が熱くなる。穴があったら入りたい。そう思っていると教経に強い力で抱きしめられた。

「教経……っ!?」
「なるほど、夫婦円満にはなるかもしれん」
「の、」

今度は教経から唇を塞がれる。
呼吸をする余裕もなく、深まっていく口づけに翻弄されるばかり。
ようやく唇が離れる頃には、お互いに息が上がっていた。
私も教経も散々鍛えて、多少の鍛錬では息が乱れることもないのに。

「……なるべく早く帰る」
「あ、ああ……いってらっしゃい」

名残惜しむみたいにゆっくりと体が離れる。
戸が閉まった後、私は思わずその場にしゃがみ込んでしまった。

「……これは、凄い効果があるんだな」

新しく知った夫婦円満の秘訣。
夕餉までには戻ると言っていた教経が、随分早くに帰ってきて私を驚かせるのはもう数刻後の話だ。

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