距離感(菅玲)

夢を見た。
菅野くんが笑ってる夢。
でも、これが夢だとすぐに気づいたのは――

『泉』

彼が、私をそう呼んだからだ。

 

(なんであんな夢見たんだろう)
けたたましいアラーム音にたたき起こされ、いつもより10分遅く起きた私は猛スピードで身支度を済ませて家を飛び出した。
朝の10分は偉大だ。10分あれば、のんびり珈琲が飲めるし、目玉焼きでも焼こうかなって気分にもなる。
今日はそんな余裕もなく、家を飛び出した私はいつもより貧相な朝食で腹を満たしたせいなのか、お昼がとても待ち遠しかった。
今日は仕事にも余裕があるし、お昼は新しく出来たカフェに行こうかなと考えていた昼休み10分前。

「泉、ちょっといいかな」
「はい!」

関さんに呼ばれ、申し訳なさそうにおつかいを頼まれる。

「急ぎで、これを捜査一課の服部さんに届けてほしいんだ」
「分かりました。すぐに行ってきます」

関さんから書類を受け取った私は、鞄を掴んで捜査企画課を後にした。
捜査一課に到着すると、部屋には服部さんと荒木田さんの姿があった。
服部さんに書類を渡し、お使いが済んだのでどこかで昼食を食べてから戻ろうかなと考えていると、廊下の向こう側から見知った相手が歩いてくるのが見えた。
菅野くんだった。

「あ、玲だ! 来てたんだ?」
「うん、服部さんに用事があって。もう帰るところだけど」
「そうなんだ。昼は?」
「これから」
「じゃあ、どっかで一緒に食べない?」
「うん、良いよ」

ぽんぽんと言葉のキャッチボールが進み、あれよあれよという間に昼食を一緒に食べる事になった。
菅野くんと一緒にいる時間は、まるで長年の友達といるみたいにほっとする。

「ん?なに?」
「ううん、なんでも。菅野くんだなーって思っただけ」
「俺の事が恋しかったとか?」
「はは、それはどうだろ」
「珍しい。否定しないんだ」

菅野くんの言葉遊びには、いつもほどほどに付き合う。
だけど、今日はいつもと違う返しをしてしまった。
ちらりと菅野くんを見ると、私の言葉を待っているのかちょっとわくわくした顔をしていた。

「……今日菅野くんが夢に出てきた」
「へー、夢の中の俺、何してた?」
「いつもとおんなじ。だけど、私のことを『泉』って呼んでて」
「……」
「なんか、凄い違和感があって、うーーんってなっちゃった」
「ふっ」
「え、笑うところ?」

隣にいる菅野くんはなぜだか笑っていた。

「玲」
「なに?」
「玲」
「……うん」
「玲」
「そんなに呼ばなくてもいいじゃん?」
「ふっ、だって俺に名前で呼んでほしかったんでしょ?」
「それは……もう、気づいたら玲って呼ばれる方がしっくり来るようになっちゃった」

最初は距離が近いなぁと思っていたのに、今はもうその距離間が私と菅野くんの関係なのだ。
今更距離が離れるのは嫌だ。

「じゃあ、今度から夏樹くんって呼んでみたら?」
「なんでそうなるの?」
「だって呼んでたらしっくり来るようになるんじゃない?」
「……そういうのはまた今度。ほら、早くお昼のお店決めないと時間なくなっちゃう!」

自分から振った話をぶった切って、無理やり方向転換する。
菅野くんも、深追いする事なく、ランチの店を決めるべく候補をあげていく。

「よし、じゃあ司さんお勧めのラーメン屋とかどう?」
「あ、美味しそう! ラーメンの口になってきた!」

気づけばいつも通りの距離感に戻っている。
それに安堵しながら、私たちは急ぎ足でラーメン屋を目指すのだった。

 

菅野くんと一緒にいる時間は、まるで長年の友達といるみたいにほっとする。
だけど、時々。
時々、どうしようもなくドキドキする瞬間がある事はまだ気づかれたくない。

 

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