数えきれない(シエハイ)

「こんにちはー!」
紫鳶さんに会いに教会に遊びにやってきた。いつもならカウチソファにどっかりと座り込んでいる憂漣さんの姿はなく、キッチンの方へ視線をやると大好きな人の後ろ姿を発見した。
「紫鳶さん、こんにちは!」
「わっ!」
後ろからぎゅっと抱き着くと驚いた顔で紫鳶さんが振り返った。
「いらっしゃい、玻ヰ璃。ごめんね、気づかなくて」
「約束していた時間より早く着いちゃったんで、大丈夫です。今日は憂漣さん、おでかけですか?」
「ああ、なんか用事が出来たってさっき慌ただしく出かけて行ったよ」
憂漣さんには申し訳ないけど、内心ガッツポーズをしたくなるほど嬉しい。その喜びがにじみ出ていたのか、紫鳶さんは私の頬を撫でると「嬉しそうな顔だね」と微笑んだ。
「憂漣さんには申し訳ないですけど…やっぱり二人で過ごせるの嬉しくてつい」
ふと、紫鳶さんの背後に視線をやるとずらりと並んでいたのは紅茶の缶だった。
「すごいたくさんありますね。どうしたんですか?」
「君が来るから美味しい紅茶を淹れようと思ったんだけど、どれが良いかなと思って色々と引っ張り出してきたんだ」
缶のラベルを見るとアールグレイ、ダージリン、アッサム、セイロン、ニルギリといったよく知られている紅茶からドアーズ、シッキム、ルフナと言った聞き馴染みのないものまで並んでいた。
「私、これ飲んでみたいです!」
そう言って指さしたのは『レディ・グレイ』という紅茶缶だ。
「よし、それじゃとびっきり美味しいお茶をお嬢様のために用意しましょう」
「ふふ、楽しみです。あ、一緒に食べようと思ってクッキー焼いてきたんで、お皿に出しますね」
「ありがとう」
紅茶を用意する紫鳶さんの横で、私はお皿にクッキーを並べた。(キッチンで並んでると、新婚さんみたい……)
自分で想像して恥ずかしくなりながらも、紫鳶さんと結婚したら休日はこんな風に二人でキッチンに立ったりするのかなと更に想像を膨らませた。
「玻ヰ璃、用意出来たよ。あっちに行こうか」
紫鳶さんに現実に呼び戻され、私も慌てて彼の後に続いて歩き出した。
ソファに二人並んで座る。腕と腕が触れ合う距離にぐっと近づくと、紫鳶さんが少し照れたように微笑んだ。
「冷めないうちに紅茶どうぞ」
「頂きます!」
お花があしらわれた可愛らしいカップは私専用。それに手を伸ばして、そっと一口飲むと、柑橘系のさわやかな香りが広がった。
「美味しい! なんだか凄くフルーティですね」
「レディグレイはアールグレイをベースに柑橘系のピールをくわえて作られた茶葉なんだよ」
「へぇー、そうなんですか」
「玻ヰ璃が焼いたクッキーも美味しいよ」
「ありがとうございます。それ、ちょっとだけ茶葉入ってるんですよ」
「この味は…ダージリンかな?」
「正解です! 紫鳶さん、紅茶の事なら何でも分かりそうですね」
「好きなものの事ってつい詳しくなっちゃうよね」
「それはちょっとわかるかも」
自分の焼いたクッキーを頬張ると、さくさくとした食感の中に感じる仄かなダージリンの味に、我ながら上手に出来たと自画自賛する。
(…好きなものの事って詳しく)
ふと、紫鳶さんの言葉を反芻する。
「紫鳶さん」
「ん?」
「私の好きなところ、あげてください」
「え?」
「好きなものの事って詳しくなっちゃいますよね? 私のどういうところが好きとか聞いてみたいなーって」
ぐっと紫鳶さんに距離を詰めると、紫鳶さんは慌てて私の肩をそっと掴んで、距離を正した。
「君の好きなところを言っていくの、ちょっと照れるな」
「分かりました! じゃあ、お互いに言っていくのはどうですか?」
「それなら…いや、それも恥ずかしいような?」
「じゃあ、私から行きますね。紫鳶さんの好きなところは優しいところです。いつも笑顔で出迎えてくれるのが凄く嬉しいです!」
初めて会った時から紫鳶さんは優しかった。それが少しずつ私たちの距離を縮めていってくれたから。彼の好きなところを挙げるならやっぱり最初はこれだと思った。
「俺も、君の笑顔が好きだよ。笑顔で駆け寄ってきてくれると凄く胸が締め付けられるな」
「嬉しいです!」
「やっぱりこれ、凄く恥ずかしいね?」
赤くなった頬を誤魔化すように口元を覆う紫鳶さん。その姿がちょっと新鮮で私は目を輝かせた。
「次はですね」
「まだやるの?」
「もちろんです! まだまだ紫鳶さんの好きなところ、言い足りないです! 紫鳶さんはもう終わりですか?」
「そんなわけないでしょ。でもちょっともう降参です」
そう言って、紫鳶さんは私の肩に触れると強く抱き寄せた。紫鳶さんの腕の中にすっぽりと納まってしまった私は、彼の鼓動を聞きながら、自分の鼓動かと錯覚してしまうほどドキドキしていた。
「紫鳶さん、あの…」
「今日さ、憂漣泊まりで帰ってこないんだけど。もし良かったら泊まっていきませんか」
「!」
その言葉に伏せていた顔を勢いよく上げる。照れながら告げられた言葉が嬉しくて、私もじわじわと熱が広がるように喜びを感じる。
「泊まります! 大丈夫です!」
お泊りセットもないけど、それはなんとかなるだろう。お兄ちゃんも白鳩を飛ばせば平気だろう。それよりも何よりも紫鳶さんからのお誘いだ。絶対断りたくない。目を輝かせて、紫鳶さんを見つめると紫鳶さんはくすりと笑う。
「君の好きなところは数えきれないくらいあるけど、やっぱりそういう顔は何度見ても可愛いなって思うよ」
「そういわれるとちょっと照れます」
「俺はさっきから君の言動に照れまくりだよ」
それじゃあ、おあいこだと言って二人でくすくすと笑いあう。
「紫鳶さん、大好きです」
「俺も、君の事が好きだよ。玻ヰ璃」
そっと優しい贈り物のようなキスは、紅茶やクッキーよりもとびきり甘く感じた。

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