「吉成さんさ、姉ちゃんとはどうなってんの」
目の前でハンバーグを頬張る香月くんは今日の天気を訪ねるテンションで俺に問いかけた。
いや、香月くんから今日の天気の話題なんて振られたことないけど。
「ど、どうとは?」
まさか実の弟にそんな話題を振られると思ってなかったので、軽く動揺すると香月くんは俺をちらりとみて、ハンバーグをもう一口、口に放り込んだ。
「最近バンドの練習で忙しいからあんまり家で晩ごはん食ってないんだよね、俺」
「! それだったら今日…!」
「市香は同僚と女子会」
「あっ、そうっすか…」
x-day事件が収束し、少し日が経った。
事件が終われば、星野さんや探偵事務所の皆さんの監視及び警護の任を解かれ、新しい任務が待っている。
さしづめ、今の俺の任務は新人を育てあげることだ。
毎日毎日、口が達者な後輩と戦いの日々を繰り広げており、だーいぶ疲れ果てていた。
疲れには肉!!!と思い、香月くんに連絡をし、今日に至るというわけだ。
年齢は離れているけど、香月くんと話していると本当に気が楽だ。
だけど、彼があの事件で負った傷を思うと時々胸が苦しくなる。
本人には言わないけど。
たまに彼の話題を出す香月くんに気にする風でもなく相づちを打つくらいしか俺にはできなかった。
「吉成さんと飯食うの、楽しいから良いけどさ」
「香月くん…!!」
「でも、今日吉成さんと飯いくって言ったら姉ちゃん驚いてたぞ」
「星野さんが?」
「忙しいのかと思ってたって」
「忙しいといえば忙しいけと人並みの休みは!!!」
「俺に言ってもしゃーないだろ」
「…連絡してみるっす」
「ん。」
香月くんに背中を押される形で、翌日星野さんに連絡を取ってみた。
『昨日は香月がごちそうになったみたいで、ありがとうございました』
『いえいえ!香月くんに目一杯愚痴聞いてもらっちゃったんで!』
『今度良かったらご飯食べにきてくださいね。
吉成さんの好きなもの作りますから』
きっと深い意味なんてないんだろう。
弟が世話になったからお礼を…とか、お腹を空かせすぎてぶっ倒れたのを見たことがあるから心配になる…とか。
きっと全て親切心から来るものだろう。
でも、そういう優しさがじんわりと心に沁みるのだ。
ちゃっかり夕食をご馳走になる約束も取り付け、何往復かメッセージをやり取りした後、スマホをポケットにしまう。
どうやって距離を縮めたらよいのか分からないなんて。
恋愛初心者みたいだな。
ふとそんな事を考え、思わず苦笑いを浮かべた。
いい人止まりで終わらないためには、どうすれば良いのかなんて考えまくって行動できなくて、想い人の弟に背中を押されてしまうとは。
もう少し男を見せなければいけない。
だって、駄目だったら次…とは思えないから。
「お邪魔しまーす!」
仕事終わり、星野さんちへ足取り軽く向かう。
インターホンを鳴らすと、エプロン姿の星野さんが俺を出迎えてくれた。
「エプロンって新鮮っすね!」
「香月に出てってお願いしたんですけど動きたくないって言って出てくれなかったんです。ちょっと照れくさいですね」
オレンジ色のシンプルなエプロンだけど、なんかこうぐっと来るものがある。
きっと香月くんは星野さんが出迎えた方が俺が喜ぶと思ったのだろう。
グッジョブすぎる…!
照れくさそうにエプロンを外す星野さん。
通されたリビングのテーブルには豪勢な食事が用意されていた。
「えー!すっごいどれもめっちゃ美味しそう!!」
「遠慮しないでたくさん食べてくださいね」
「はいっ!いただきまーす!」
両手を合わせてから早速料理に手を伸ばす。まずは唐揚げだ。一個まるまる口に頬張ると揚げたてだったらしく、じゅわっと脂がはじけた。はふはふしながら食べる俺を星野さんはにこにこと見つめていた。
「この唐揚げめっちゃくちゃ美味しいっす!」
「良かった。どんどん食べてくださいね」
「姉ちゃん、そんなに見てたら吉成さん食いづらいだろ」
俺の斜め前に座って無言で食べていた香月くんが星野さんをたしなめた。言われて気づいたのか、星野さんは頬を赤らめると「ごめんなさい、あんまり美味しそうに食べてくれるから嬉しくてつい…!」と申し訳なさそうに笑った。
「見てても全然問題ないっす!星野さんが俺のこと見つめる機会早々ないでしょうし、じゃんじゃんみてください!!」
自分でいって、ちょっと寂しくなったが星野さんが楽しそうに笑ってくれたのでほっとした。
美味しい料理をご馳走になりながら、他愛のない話をしていると、香月くんが俺の方をじっと見つめた。
「どうかした?香月くん」
「いや、吉成さんさ。どうして姉ちゃんのことは星野さんて呼んでんの?」
「え?星野さんは…星野さんだから」
きょとんとした顔をした俺が気に入らなかったのか、香月くんは舌打ちすると言葉を続ける。
「そうじゃなくて。俺も星野さんだけど?」
そこでようやく気づいた。じれったい俺の背中を蹴っ飛ばすべく、香月くんがその話題をふってくれたことに。
「星野さん!!」
「は、はいっ」
勢いよく名前を呼ぶと、星野さんは驚いたのか、目を丸くした。
「もし良かったらなんですけど、市香さんと呼ばせて頂いても…!?」
「えと…市香さん…」
「駄目…っすよねぇ」
難色を示した表情に慌てて逃げようとすると星野さんは慌てて手を振って否定してくれた。
「そうじゃなくて!その、吉成さんの方が年上なのに、さん付けってちょっとこそばゆいなって」
「じゃあ市香ちゃんで!!!」
ここがおしどころだ!!と俺は語気強めで伝えると、星野さんはクスッと笑った。
「はい…わかりました」
「中学生かよ」
ぼそりと呟いた香月くんの言葉に、自分でもそう思うと内心苦笑いを浮かべるが、名前を呼ぶ許可をもらえた事がとてつもなく嬉しくて、俺の頬は思いっきり緩んでいた。
その後、お土産に買ってきたケーキを食後のデザートとしてみんなで食べ、九時を過ぎた頃に退散することにした。
「今日はご馳走さまでした!もうめちゃくちゃ美味しかったっす!」
「良かった。香月が吉成さんは肉を欲してるっていうからお肉多めにしちゃいました」
本当に香月くんがぐっじょぶすぎて、今度また美味しいものをおごらねば…!
「あの、今日のお礼に今度食事でもどうっすか?」
「食事?」
「食事でもなんでも!つまりこれはデートのお誘いっす」
思いきって口にしてみると、星野さんの頬が少し赤らんでみえた。
「…楽しみにしてます」
「!!!」
星野さんははにかむように微笑んだ。
「また連絡します」
「はい。仕事無理しないでくださいね」
「了解っす!」
名残惜しいが、玄関にこれ以上居座っては帰れなくなりそうだったのでゆっくりとドアノブを引いた。
「それじゃあ、おやすみなさい。市香ちゃん」
さりげなく呼んでみたが、なんだか自分の頬が熱い。これくらいで照れるとは思わなかった。
「おやすみなさい、吉成さん」
星野さんも俺が照れてるのに気づいたのか、少しだけ照れくさそうに笑って俺を見送ってくれた。
外に出ると心地よい風が吹く。
思いきり伸びをしてみると、いつもより力がみなぎってるような気がした。
LEAFを開いて、今別れたばかりの人の名前を早速表示する。
「なんておくろっかなー」
とりあえず次。
次に会う時には今日より近づけるように。
いつか、君のかけがえのない人になるために。俺は一歩踏み出した。