夕食の支度をしていると、外から雨音が聞こえてきた。
窓から空を仰ぐとどんよりとした雲に覆われていた。
(すぐやまなそう・・・)
時計を見ると暁人の仕事がもうすぐ終わる時間だ。
今日は夕方で仕事が終わるから夜ゆっくり過ごせると朝話していた暁人を思い出す。
記憶を辿り、手には傘を持っていなかったことを思い出す。
夕食の支度も一段落ついたし、せっかくだから迎えにいこうと思い立った時にはエプロンを外していた。
◆
暁人の職場につく。
お店の中に入っても厨房にいる暁人は見えないだろうから教えてもらった裏口で待つことにする。
傘にぶつかる雨音を聞きながら、私は目を閉じた。
水の能力者である市ノ瀬さんから記憶を消した日のこと、暁人に出会った時のことを思いだす。
雨は、水のなかに自分を閉じ込めるような感覚だ。
あの日のことは、一生忘れることはない。
苦しい過去だとしても、私に疑問を抱かせたきっかけ。
暁人と出会うきっかけになった過去。
そういうものをひっくるめて、私たちは今一緒にいることを選べた。
お疲れ様です、という暁人の声が聞こえると裏口が開いた。
「お疲れ様、暁人」
「七海!?どうしたんだ、おまえ」
待っているとは思わなかったらしく、暁人は私の姿を見て驚く。
そして私が傘をさしているのをみて雨に気付いたようだ。
「雨降ってたから迎えに来た」
「あー、厨房って結構慌しいから気付かないんだよな。
ありがとな、迎えに来てくれて」
「ううん。傘を持っていない旦那さんを迎えに行くのは奥さんの仕事」
「・・・、そうか」
頬を赤らめると、それを誤魔化すように私の手から傘を奪う。
「帰るぞ」
「暁人の分の傘も持ってきてる」
歩き出すと、一つの傘に二人入るのは少しきつい。
暁人の肩が雨にぬれるのが見えて、私は自分の手にある傘を見せる。
「いいんだよ、一つで。
・・・この方が近いだろ」
「・・・うん」
暁人の腕に自分の手を添える。
じんわりと彼のぬくもりが伝わってきて、なんだかほっとしてしまう。
雨は苦手だった。
暁人に再会するまで、ずっとそう思っていた。
「俺さ、雨って結構好きなんだ」
「え?」
暁人がぽつりと言葉を紡ぐ。
「昔、千里と離れて暮らしてた時雨が降ると千里のことを思い出してた。
村に雨がもっと降ればあいつが苦しむこともなかったのにって最初は悔しかったけど。
それでも、離れて過ごす時間が長くなっていって、生きるために生活に追われていく中で雨が降ると千里を思い出すことを許される気がした」
「暁人・・・」
「だから雨が降ると少し気持ちが安らぐんだ」
そう話す彼はひどく穏やかに見えた。
市ノ瀬さんのことを思い出すのは苦しかっただろう。
そして、本当は片時も市ノ瀬さんのことを忘れていなかっただろうに、そうやって自分を納得させていたんだと思うと苦しい。
「暁人、わたし・・・」
「それに今はこうやってお前が迎えに来てくれる」
空いている手が私の頭をぽんぽんと撫でる。
「ありがとな」
「私も、ありがとう」
それ以降、雨の日は私が暁人を迎えにいくことが二人の約束事になった。
私も今は、雨を好きになれた。