お願い叶えて(誉那凜)

寒い冬がようやく終わり、少しずつ春を感じる陽気の今日この頃。
五右衛門たちはバイトやら用事やらで家を空けている。
タマ吉には骨付きジャーキーを10本献上して、家を空けてもらった。
つまり今、この広い家には俺と凜しかいない。
リビングのソファで並んで座り、俺は本を、凜はテレビを見て過ごしている。
白状すると、俺は本を読んでいるふりをしているだけだ。文字を追うばかりで内容は一つも頭に入ってきていない。
これから俺は凜を昼風呂に誘おうと思っている。
そのことが頭の中を占めていて、他のことが入り込む余地がないのだ。

「誉那、コーヒー淹れるけど飲む?」
「あ、ああ。いる」

じゃあ淹れてくるわね、と言って凜が席を立った。
こうしている間にも刻々と時間は過ぎていく。
早く切りださなければと思えば思うほど、喉がからからに乾いて言葉がうまく出てこない。
そんなに言いづらいことなのか? と問われればはい、そうですと答えてしまう。
なら言わなければいいのにと思う自分もいるが、どうしても叶えたいことなので言いたい。今すぐ言わなければ誰かが帰ってくるかもしれない。

(凜が戻ってきたら言うぞ……!)

そう決意するものの、コーヒーを淹れて戻ってきた凜を見たら気持ちが揺らぐ。
いや、揺らぐな。揺らいでなるものか。次いつこんな機会が来るか分からないんだ。
このコーヒーを飲んだら言うぞ。そう決意して、俺はぐいっとコーヒーを飲んだ――が

「あっちい!!」
「きゃあ!? 大丈夫、誉那!?」

さまさないで勢いよく飲んだコーヒーを零してしまい、胸元に茶色い染みが広がる。
凜は急いで布巾を取ってくると、迷うことなく俺の服の中に手を入れた。

「ちょ、凜!?」
「動かないで! 染み抜きは時間が勝負だって写楽が言っていたの!」

真剣な顔をして、コーヒーの染みを濡れた布巾でトントントンと叩く。ごしごし擦るとかえって染みが広がってしまうらしい。
以前アイスコーヒーを零した時にそうやって写楽にこっぴどく叱られたのだ。

「これくらいでいいかしら。でも、すぐに洗った方がいいわよね。誉那、服を脱いで」
「自分で出来るよ」
「駄目よ。また写楽に怒られたいの?」
「怒られないって、多分」
「それにその服、お気に入りだって言ってたじゃない」
「……」

ここまで言われてしまえば抵抗する方が愚かで。
観念して俺は服を脱いだ。

(どうして俺は真昼間のリビングで半裸になってるんだ……?)

コーヒーを零した自分が悪いのだが、それでも思い描いていた通りに物事が運ばなくて頭を抱えたくなる。
すると凜が汚れた服を受け取って、こう言った。

「そうだ。脱いだことだし、今日は暖かいから昼風呂でもしてきたら?」

今日の朝――いや、なんならここ数日天気予報をチェックして暖かい日を探していた時から頭に浮かんでいた言葉がするりと彼女の口から出てきた。
疚しさを含んでいないからだろう。凛は照れも恥じらうこともなく、さらりと言った。
彼女の言葉に便乗するようで申し訳ないと思ったが、ここで引いたら俺の夢は叶わない。

「凜、だったらあんたも」
「え?」
「一緒に入りたい」
「……!?」

俺が脱いだ服を大切そうに抱いている彼女の腕を掴む。
驚きに目を瞬かせ、俺の言葉の意味を咀嚼した瞬間、彼女の頬が赤く染まった。

「へ、変なことしない?」
「しな――いや、するかも」
「……!?」
「でもあんたが嫌がることは絶対しないから」
「……」

しばし見つめ合う。
先に目を逸らしたのは凜だった。

「……早く入らないと、帰ってきちゃうから」
「……! ああ、すぐに入ろう」

夢にまでみた凜との昼風呂。
浮足立つ心を出来る限り抑えて脱衣所へ向かう。
その時、俺も凜も風呂のことで頭がいっぱいになっていて気づかなかった。
俺が脱いだ服が、いつの間にか彼女の手から滑り落ち、リビングに残されていたことを。

それからしばらくして帰ってきた写楽がコーヒーの染みが残った服を見つけて、それはもうこっぴどく叱られるのだった。

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