指先にそれがなくても(リュカセレ)

ぽかぽかと温かな日差しが差し込む昼下がり。私は一人、ナディアの元へお見舞いに来ていた。いつもより顔色が良いナディアに安堵していると、彼女は大きな目を輝かせた。
「ねえ、セレス。運命の赤い糸って知ってる?」
「運命の……赤い糸?」
ナディアの問いかけに思わず小首を傾げる。
「ごめんなさい。知らないわ」
「兄様が持ってきてくれた本に出てきたの。いつか結ばれる運命の相手とは赤い糸で繋がっているって」
そう言ってナディアは左手の小指を見つめた。つられるように自分の小指に目を落とすが、そこには何も見えなかった。
「きっと兄様とセレスにある赤い糸はお互いに繋がってるんじゃないかしら」
「私の指には何も見えないのに?」
「赤い糸って目に見えるものじゃないそうよ。だけど、きっと二人は繋がっていると思うわ」
そうあってほしいと笑うナディアになんと返せば良いか分からず、曖昧に微笑み返す。
(私なんかがリュカ先生の運命の相手だなんて……申し訳ないわ)
死神だと忌み嫌われる私にさえ優しいリュカ先生。彼の優しくしてもらうだけでも申し訳ないのに、運命の相手だなんて……きっと先生にはもっと素敵な人がいるだろう。そう思いながらも、ナディアと話しながら私は見えるわけもない赤い糸を探して、何度も自分の小指を見つめるのだった。

「昨日はナディアのお見舞いに行ってくれたそうですね。ありがとうございます」
「いえ、私もナディアに会うのが楽しみで、ついつい足を運んでしまうので」
ナディアは初めて出来た女の子の友達だ。彼女は沢山の物語に触れているからか、物知りだし聡明だ。いくらでもおしゃべりしたいと思ってしまう。
「君の負担になっていないなら良かったです」
リュカ先生に笑みを返しながら、ふと彼の耳元で輝く赤い石が目に留まった。
(そういえばナディアが読んでいる本ってリュカ先生が持っていってるのよね。つまり先生も赤い糸の話知ってるのかしら)
「セレスくん? どうかしましたか」
「! いえ、その……先生の耳飾り、とても綺麗ですね」
「ああ、これですか」
リュカ先生は笑いながら赤い石に触れた。その仕草もまるで絵画のように美しくて見惚れてしまう。
「ありがとうございます、気に入っているんです」
「先生には赤が似合いますね」
赤色は先生の柔らかな髪色によく似合っていた。
「……君には碧色が似合いそうですね。今度君に似合いそうなものを贈っても構いませんか?」
「! そんな贈るだなんて……」
耳飾りを褒めたから自分もそういうものが欲しいと思われたのだろうか。だとしたら申し訳ない。
「その……昨日ナディアから赤い糸の話を聞いたんです」
「ああ、ナディアが気に入っている物語ですね」
「やっぱり先生もご存知なんですね。それでつい赤い色が気になってしまって。すみません、唐突に耳飾りのお話をしてしまって」
「例えナディアの影響でも、セレスくんが私に興味を持ってくれるのは嬉しいですよ」
「せ、先生……」
にこやかに微笑む先生に思わず胸が高鳴る。その鼓動に身を任せて、私は先生に質問を投げかける。
「先生は運命の赤い糸についてどう思いますか?」
「そうですね……最初に知った時はナディアが好きそうな話だなと思いました」
妹思いのリュカ先生らしい答えに頬が緩む。それと同時になぜだか少しだけ残念に思っている自分がいた。
不意に、リュカ先生は自分の小指に視線を落とした後、まるで何かを追いかけるように視線を走らせた。彼の視線の先には私の小指があった。
「せ、先生?」
「君はどう思ったんです?」
「私は……」
先生の青い瞳と視線が交わる。何か言わなければと思うのに、うまく言葉が出てこない。すると先生は助け舟を出すかのようにゆっくりと話し始める。
「私が最初に思ったのはナディアのこと。次に思ったのは、もしもそんな糸が見えるのなら……私とナディアと家族になってくれる心優しい女性と繋がっていたらいいなと思いました」
「……私も先生と繋がっている方ならそういう方だと思います」
心からそう思っているのに、なぜだろう。胸の奥がチクリと痛む。その痛みを誤魔化すように胸の前で両手を握る。
「おや、その言い方だと他人事みたいですね」
「え?」
「君は私にもナディアにも優しい。私の思い描く運命の相手にぴったりだと思いませんか?」
「! そ、そんな……! 先生までそんなこと言わないでください……」
先生の言葉に顔が熱くなる。冗談だと分かっているのに、頭の中に先生とナディアと私が笑いあっている場面が浮かんでしまった。
「やっぱりナディアにも言われたんですね。あの子はそういう話が好きですから」
「……ですね」
気づけば胸の奥に覚えた痛みは消えていた。代わりに胸を占めるのはリュカ先生とナディアへの温かな感情だ。
心のうちが温かなうちに少しだけ勇気を出してみよう。胸の前で握りしめていた両手を解き、左手の小指を見つめた。
「先生、私は――」
私の言葉を聞いたリュカ先生は、少しだけ驚いた顔をした後、柔らかく微笑んでくれた。
「きっと君なら出来ますよ」
先生の言葉はひどく優しく響いた。


「リュカさん」
私の膝に頭を乗せたまま、リュカさんは眠りについた。涙の痕と唇から零れる血を拭うと、まだそこに命があるみたいに思えた。けれど、彼の身体からはどんどんと体温が抜け落ちていく。そっと彼の頭を抱きしめ、彼の冷たくなった唇に自分の唇を重ねた。
(リュカさん、覚えてますか)
いつだったか、運命の赤い糸の話をした時のこと。
リュカさんに『運命の赤い糸について、君はどう思った?』と問われた時、私が勇気を出して答えた言葉に優しく笑ってくれた時のこと。

もしも運命の赤い糸があって、誰かと繋がっているとして。その相手が自分の心に描く人じゃなかったとしたら……私は赤い糸が選んだ相手ではなく、自分の心に描いた人を運命の相手だと信じたい。そうして、糸を手繰り寄せたい。

(きっと出来ますよね? それが冥界でもあなたを見つけること、出来ますよね?)
血で濡れた小指を見つめる。リュカさんの指も同じように赤く染まっていた。その手に自分の手を重ねた。
「この指の先に繋がる糸が誰と繋がっていたとしても、私は必ずあなたを手繰り寄せますから。待っていてくださいね、リュカさん」
そうして私は傍らの硝子片に手を伸ばした。

良かったらポチっとお願いします!
  •  (3)