東五の当主としての仕事は沢山ある。
それでも仕事をあまりため込まないように仕事をこなしているというのに、今日はいくらやっても終わる気がしない。
食事をする時間はおろか小休憩する時間も惜しくて、淡雪に用意してもらった軽食を片手で食べながら仕事を続けた。
「行儀が悪い」といつもなら嗜めるであろう淡雪も、わたしがあまりに必死だったからか注意はせず、わたしのサポートに徹してくれた。
「終わった~!」
今日中に終えておかなければならない最後の仕事が終わり、思わず万歳をしてしまった。
だけど、わたしのやらなければならないことはまだ残っている。
「淡雪、今何時!?」
「そろそろ出ないとまずい」
「……!」
「姫、今日は俺が――」
「ううん、わたしが行くよ。行ってくるね!」
淡雪の申し出を断り、急いで身支度を済ませて、屋敷を飛び出す。
急ぎ足で向かったのは黒鶴の指令所だ。
わたしがやらなければならないこと。それは依さんのお迎えだった。
依さんは淡雪が迎えにいくとすこぶる機嫌が悪くなって面倒くさい。
淡雪にも申し訳ないし、出来る限りわたしが迎えにいくようにしている。
面倒で厄介な人だと分かっていて、それでも彼との婚約を解消する気にはならなかったので仕方ないことだけど
「姫君、今日は随分と遅かったね」
息を切らして黒鶴の指令所にやってきたわたしに、つまらなそうな顔をして依さんが言った。
それがものすごく……ものすごーくむかついた。
夕暮れに染まる道を二人並んで歩いているけれど、むくれたわたしの横で依さんはつまらなさそうにしている。
せっかく迎えに来たのだからあれこれおしゃべりしながら楽しく帰路に着きたい。
そうは思うけれど、さっきの態度を思い出してはむかむかしてしまって言葉が出てこない。
「ねえ」
「……」
「ねえ、姫君」
「なんですか」
「なんで機嫌悪いの? 感じ悪くて苛つくんだけど」
「感じが悪いのは依さんですよね?」
「ボクが? キミが来てからボクが話したのって一言二言だったと思うんだけど」
「その中に感じが悪いものがあったんです! 今日は忙しくてお昼ごはんをのんびり食べる時間もなかったし、おやつに食べようって楽しみにしてた最中だって食べてないし!」
「……キミってさぁ、食い意地張ってるよね」
「! 依さんなんかきらいです!」
ぷいっと顔をそむける。迎えに来た彼を放り出すことは出来ないから、これが精一杯の抵抗だった。
だけど、この精一杯の抵抗は思いのほか依さんの神経を逆なでしたらしい。
東五の屋敷が見えてきて門をくぐったところで、依さんが急にわたしの腕を掴んだ。
「姫君、ちょっと」
「え、依さん!?」
人目につかない場所にわたしを引っ張っていくと、両腕でわたしを壁と自分の間に閉じ込めてしまう。
「なんですか、こんな場所で」
「キミが機嫌悪いのってさ……要するに甘いものが足りてないってことでしょ?」
「は……?」
「昼食もおやつも満足に食べれなかったことが原因なんだから甘いものが口に入れば機嫌がなおるってことでしょ?」
思いがけないことを言われ呆気にとられていると、依さんはわたしの顎を軽く持ち上げた。
何をされるか理解して、慌てて彼の胸を押し返すが、びくりともしない。
強引に唇を重ねられてしまう。
依さん以外の唇は知らないけれど男の人の唇って思っていたよりも柔らかいんだ、とか口内で動き回る舌が気持ち良くて、どんどん彼の胸を押し返す力が弱まっていく。
長い長いキスを終え、唇を離すと依さんは
「どう? 機嫌なおったでしょ?」
とのたまう。
「どうしてキスで機嫌が直ると思ったんですか?」
甘いものの話をしていたはずなのに、と抗議すると依さんは心底呆れた顔をする。
「だって甘いものあげたでしょ? それでも足りないの?」
「甘いものって……今依さんがしたのはキスだし……」
「キスじゃ足りないなんて随分大胆なことを言うね、姫君」
「な! 違います! そういうつもりじゃ!」
「なんだ、やっぱりまだ足りないみたいだね」
そう言って依さんはまたわたしの唇を塞ぐ。
強引に唇を合わせるのに、キスは驚くほど優しかった。
依さんは性格が悪いし、思いやりに欠ける言葉も平気で言うけど。
それでも、やっぱり……この人が好きなんだと思わされる。
二度目のキスの後、悔しいけど機嫌を直したわたしに依さんは満足そうに笑った。