遅い休日の朝(ヘルテウ)

「あー、もうまた寝癖ついてる……!」

朝起きて歯を磨こうと鏡の前に立つと、髪の毛が寝癖で大変なことになっていた。
歯ブラシをくわえたまま、ブラシで髪を梳かす。何度ブラシを通しても、ぴょんと跳ねる髪は素直になってくれない。

「朝から随分と元気ですね」
「ヘルベチカ! 起きたの?」
「ええ、どこかの誰かが朝から随分と元気だったようなので」
「うるさくてすいませんね」
「いいえ。今更気にしてませんから」
「……」
「それよりどうしたんですか、その髪」
「この髪の長さだと寝癖がつきやすいの」
「へえ、そうなんですか」

そう言ってヘルベチカは自分の歯ブラシを手に取って、歯を磨き始める。

(今の流れだったら『僕が直してあげます』ってなるところだったんじゃないの?)

ぶすっと鏡越しにヘルベチカを見ていると、ヘルベチカはにっこりと微笑んだ。

「まさか僕に直してほしいなんて言いませんよね?」
「言いません!」

ヘルベチカはまた笑って、歯を磨き出す。
私も、一旦寝癖を直すのは諦めて、先に歯を磨くことにする。
シャコシャコシャコ。
二人分の歯磨きの音が響く。
その音を聞いていると、段々膨れていた気持ちは丸くなり、ちょっと楽しくなってくる。

「今度はなんですか?」
「なにが?」
「へらへらしてます」
「へらへらじゃなくてニコニコですぅ」
「歯を磨いてるだけでどうして笑ってるんですか」

口を濯いで、口元を拭きながらヘルベチカが問うてくる。
少し屈んでいるからだろうか。上目遣いがちの瞳と鏡越しに目があって、少し照れてしまう。

「なんだかいいなって思ったの」
「なにが?」
「……一緒に歯を磨くのが」
「…………」

ヘルベチカが黙る。

「ちょっとなんで黙るの?」
「いつまで歯を磨いてるんですか」
「え?」
「歯磨きというのはだらだら時間をかけて磨けばいいってものじゃないんですよ」
「それは知ってるけど!」
「だったらほら」

急かすようにコップに水を注ぎ、それを私に押し付ける。
ようやく鏡越しじゃないヘルベチカと目が合った。

(この顔は――)

付き合って短くもない期間、彼と一緒にいるから分かってしまう。
ヘルベチカが何をしたいと思ってるか。

「……今、キスしたいと思ってる?」
「よくわかりましたね。テウタはしたくないですか?」

質問に質問で返すのはずるいと思う。
まだ寝癖だって直ってないし、ちょっと顔だって浮腫んでる気がする。
そんな状態でも、ヘルベチカはキスしたいって思ってくれたんだと思うと胸の奥が甘く疼く。
ヘルベチカの質問に答えず、渡されたコップで口を濯ぐ。
濡れた口元をタオルで拭うと、ヘルベチカの腕が私の腰を抱いた。

「ヘルベチカ待って、まだ髪も直ってないし顔だって――」
「これ以上僕に待てなんて言わないで」

そう甘く囁いたヘルベチカは、私の唇を塞いでしまう。
起きたばかりなのに、すぐにベッドに連れ戻されそうなキスにクラクラと眩暈を覚える。

「寝癖は後で直してあげますから」

その言葉に頷く前に、また唇が重なる。
何の予定もない休日の朝は、こうして甘く溶けていくようだ。

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