平日だろうが休日だろうが誰かと大切な約束のある日だろうが、事件があれば駆けつける。
それが刑事というものだ。
そのことに関して不満はない。
ただ、友人だったり恋人だったり約束をしていた相手に断りを入れるのが申し訳なくなって、俺は少しずつ誰かと約束をすることをやめていった。
『今日、春野さんの家で待っていてもいいですか?』
昼過ぎ。
彼女から届いたメッセージに首をひねる。
彼女には自宅の合鍵を渡してあった。
俺がいない時でも、来たい時はいつでも来てくれて構わない。
そう言って手渡したものの、彼女は俺が不在時に部屋に来ようとはしなかった。
だというのに、珍しいこともあるものだ。
『もちろん構わない。けれど、遅くなるかもしれないが大丈夫か?』
『明日はお休みなので問題ありません』
メッセージの後に田中さんが笑っているスタンプが送られてくる。
それだけで胸の奥が暖かくなるから不思議なものだ。
『なるべく早く帰る』
彼女にメッセージを返し、残っていたコーヒーを飲み干す。
いつもだったら残業があっても気にならないが、今日は彼女が待っている。
「春野さん、これ――って何かありました?」
「ん? いや、何もないが」
「なんだか嬉しそうですね」
勘の良い部下の指摘に、思わず口元を覆う。
そうか、嬉しいのか。
彼女が家で待っていることが。
30を過ぎて、もう新しい感情なんて見つからないだろうと思っていたが、それはどうやら間違いだったようだ。
デスクの両脇に山積みになっている書類に一つ一つ目を通し、仕事を終えて署を出たのは十九時を少し過ぎた頃だった。
察しの良い部下二人が、自分たちだって仕事があるのに俺を助けてくれたおかげで、予定より早く帰ることが出来た。
七篠くんにこれから帰るとメッセージを送信すると、すぐに既読がつく。
もしかしてスマホを握りしめていたんだろうか。そんな彼女の姿を想像して、口元が緩んだ。
「七篠くん、今かえ――」
玄関のドアを開け、一歩足を踏み入れた時だった。
パンッ!
目の前で破裂音が響き渡る。
咄嗟に胸元に手をやったものの、その音は銃声ではなかった。
「春野さん、お誕生日おめでとうございます」
「誕生日……?」
ひらひらと紙吹雪が舞い落ちる。
目の前に立っている恋人は使用済みのクラッカーを手に持ち、目をキラキラと輝かせていた。
「そうか、誕生日」
「誕生日です」
今日の日付は把握していたが、自分の誕生日だということをすっかり忘れていた。
そういえばいつだったか、彼女に誕生日を聞かれたことを思い出す。
彼女はこの日をずっと覚えていてくれたのか。
「お腹は空いていますか?」
「ああ、空いている」
「晩御飯、用意してあります。一緒に食べましょう。
あと、バースデーケーキもワンホール買ってあります」
「それは楽しみだな」
「ちゃんと春野さんの年齢分のろうそく、用意してあります」
「それは……穴だらけになりそうだな」
誕生日ケーキだなんていつぶりだろうか。
そもそも、大切な人に誕生日を祝ってもらったのはいつぶりだろうか。
それさえも思い出せないほど、俺にとっては縁遠いものになっていた。
「七篠くん」
「はい」
「まだ手も洗っていないのに申し訳ないんだが、君を抱きしめてもいいだろうか」
手も洗っていないどころか、まだ靴も脱いでいない。
けれど、彼女を抱きしめたいという衝動が何よりも勝ってしまう。
「もちろんです」
彼女は柔らかく微笑むと、俺に向かって両手を広げた。
彼女を抱き寄せると、香ばしい匂いがする。
これは料理をしていたからだろう。いつもと少し違う香りが愛おしくて、そのまま首筋に顔を埋めた。
「春野さん、お誕生日おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
俺を抱きしめ返すぬくもりを感じる。
幸福というものを形にしたらきっと彼女の形をしているに違いない。そんな風に思った。
きっと、察しの良い部下たちは分かっていたのだろう。
俺の誕生日だということも。彼女と約束があることも。
そして、彼女はメッセージをくれた時間から俺の家に来て、誕生日を祝う準備をしてくれたのだろう。
リビングに足を踏み入れて、そうだと分かる飾り付けに思わず笑みがこぼれる。
「俺は幸せ者だな」
ぽつりと零れた言葉に七篠くんが
「私が幸せにしてみせます」
そう言って笑ってくれた。
HAPPY BIRTHDAY!!!!!!!