「七篠君?」
通りに出ている看板を見つめていると、声をかけられた。
振り返るとそこには春野さんがいた。
「春野さん、こんにちは。お仕事ですか?」
「夜勤明けでこれから帰るところだ。それよりさっきから何を見つめているんだ?」
「ああ、それは……こちらです」
「ん?」
私が見ていたのは、コーヒーチェーン店の看板だ。
なんでも新作メニューが出たそうで、それが凄く美味しいと聞いたのでなんとなくやってきた。
「入らないのか?」
「お恥ずかしながらあまりのメニューの豊富さにどれにするか悩んでしまって」
新作を飲みにきたはずが、他のメニューにも心惹かれてしまう。
どうしようか悩んでいたところに春野さんに声をかけられたというわけだ。
「なるほど。こういうのは悩む時間も楽しいが、ここにいたら冷えるだろう」
「そういえばそうですね」
言われて気づく。手がすっかりかじかんでいた。
両手を擦り合わせると僅かに指先が暖かくなるが、それでは足りない。
早く決めてお店に入ろうと思った時だった。
冷え切った私の手を春野さんの大きな手が包んだ。
「随分と冷えているな」
「こうしていると春野さんの手が冷たくなってしまいます」
「構わない。君の手を握る口実が出来た、なんて言ったら笑うか?」
そう言って春野さんは柔らかく微笑んだ。
手の温かさが顔にまで移ったのだろうか。顔があたたか――いや、熱い。
さっきまでどのメニューにしようか悩んでいた頭は、春野さんでいっぱいになってしまう。
「……ご迷惑でなければ春野さんもご一緒にいかがですか?
新作メニューは甘い飲み物のようですし」
「ん、そうだな……折角だ、俺も寄ろう。それで君は何を注文するか決めたのか?」
「はい、今決めました。私は――」
新作メニューはとびきり甘いチョコレートの飲み物だそうだ。
それは今度の機会にする。
だって今、私の胸は甘い感情でいっぱいになってしまったから。