見えなくなった右目を不自由だと思ったことは何度もあったが、こんなに悔しいと思ったのはこっちに戻ってきてからだった。
授業中。
静かな教室に教師の声だけが響く。
昼休み後の授業はいつだって気だるいが、この授業は特にそうだ。
何度目かの欠伸をかみ殺しながら、隣の瀬名はどんな顔をしているんだろうかって考える。
そんなこと、右目が見えていれば考えることもなく、目視できるのに。
(瀬名の眠そうな顔とか、真剣に授業を受けている顔とか見たいな……)
人は欲深い生き物だ。
もう一度会いたい。
それが叶ったら、思い出してほしい。
好きだと言ったことを、俺が隣にいたことを思い出にしてほしくない。
好きになってほしい。隣にいたい。
それが叶ったら今度は日常のささやかなシーンで、瀬名がどんな顔をしているか見たくなる。全てを知りたいなんて馬鹿みたいな願望を持ってしまう。
(欲深くなったな、俺……)
ふ、と小さく笑った瞬間。教壇に立つ教師とぱちりと目が合う。
「そんなに面白かったか、陀宰。じゃあ次の問題を――」
「は!? あっ……」
クラスに笑いが生まれる。
顔が熱くなるのを感じながら、見たい見たいと思っていた瀬名をそっと盗み見ると瀬名も困ったような、呆れたような、しょうがないなぁと言った顔をして笑っていて、穴があったら入りたくなった。
◆
「ふふ、今日の陀宰くん」
「笑うなよ。くそ、完全に油断してた」
「だってあの時、先生誰に当てようかなぁってきょろきょろしてたのに笑うなんて。全然話聞いてなかったんだよね?」
「まったく」
「ふふ」
放課後。
クラス委員の仕事をしながら、授業で当てられた時の話になる。
机を移動させ、向かい合って作業をするから瀬名の顔がよく見える。
くすくすと笑う顔は可愛くて、ずっと見ていたくなる。
「あの時、何を考えてたの?」
「……あー」
油断した。
瀬名の笑顔に見惚れて、何にも考えていなかった。
ここで誤魔化すと変なことを考えていたと思われるかもしれない。
変なことを考えていたわけじゃない。
ただ、好きな女の子――彼女のことを考えていただけだ。
若干開き直った俺は逃がした視線を瀬名に戻す。
軽く小首を傾げる瀬名は可愛くて、これだけ可愛い生き物は他にいないのではないかと思う。
「瀬名のこと考えてた」
「え?」
パチパチ、とまばたき。
「すっげー退屈な授業だから瀬名がどんな顔してるのか想像してたら、想像の中の瀬名も可愛くて笑っただけ」
「……うわぁ」
「なんだよ、その反応」
「だって、」
瀬名の顔が真っ赤に染まる。
髪の隙間から僅かに見える耳まで真っ赤だ。
両手で顔を覆い、机に突っ伏して唸り声を上げながら、ちらりと俺を盗み見る。
「隣にいるのに、私のこと考えてるって言われたら恥ずかしくなっちゃうじゃん!?」
「俺もそう思う」
瀬名の顔が赤いって言ったけど、多分俺の顔も赤い。
「陀宰くん……想像しなくても、隣にいるから。授業中は駄目だけど、それ以外ならいっぱい私のこと見ていいから」
「俺を殺す気か」
「え!?」
彼女が可愛すぎて心臓が痛い。
先ほどの瀬名と同じように思わず机に突っ伏す。
ひんやりとした机は俺の熱を奪っていくのに、それでもまだ顔が熱い。
「なあ、瀬名」
「なぁに?」
「……抱きしめてもいいか」
こんなに熱いんだからいっそ。どれくらいまで熱くなるか試してみてもいいんじゃないいかって思うんだ。
いや、嘘だ。
そんなもの、ただ瀬名を抱きしめるための口実だ。
「うん、いいよ」
席を立ち、瀬名の傍に移動すると、瀬名は照れくさそうに笑って俺に両手を広げてみせる。
(可愛すぎるだろ)
今日だけで何度思ったか分からない。
そんな気持ちも込めて、瀬名をぎゅっと抱きしめる。
すぐに背中に回される手に俺の方がドキドキする。
「こうやってくっついてると陀宰くんの心臓の音が伝わってくるね」
「瀬名のだって俺に伝わってきてるよ」
トクントクンと早鐘を打つ鼓動。
きっと瀬名のそれより俺の方が騒がしいだろう。
心がどこにあるかなんて分からないけど、今紛れもなく俺の心臓は瀬名が好きだと叫んでいる。
人間は欲深い生き物だ。
どんな顔をしているのか見たい。
それが叶ったら、今度は抱きしめたくなって。
「瀬名、キスしてもいいか」
――キスまでしたくなる
「うん、いいよ」
照れた笑みを浮かべながらも瀬名は俺の願いを受け入れて。
そっと目を閉じる。
例え授業中の顔が見えなくたって、俺だけしか見れない瀬名の表情があるんだ。
それを目に焼き付けてから、そっと瀬名に顔を寄せた。