私は今、少し……いや、かなり困っている。
それはなぜかというと――
「あの、シアンさん? これは……」
目の前に突きつけられたサンドイッチと、それを突き付けている人――シアンさんを見比べながら訊ねる。
すると、シアンさんはふっと口元を緩めた。
「いつもお前がしていることだろう?」
「それは……そうですけど」
シアンさんが仕事中でも食べやすいようにと毎日作るサンドイッチ。
そのサンドイッチを仕事に集中するシオンさんの口元へ運ぶ事もしばしばある。
けれど、今日のシアンさんは珍しく食事のために休憩をとっており、そのシアンさんの横に座っていたのだが、どうしたのか、唐突に私にサンドイッチを突き付けてきた。
「お前、自分の食事はしたのか?」
「あ」
今日の午前中は忙しかった。
朝早くにマムのところへ行き、施設の手伝いをした後、昼を過ぎる前に慌ててシアンさんの元へ戻り、彼の食べるサンドイッチを作って部屋へとやってきた。
自分の食事を用意するという事が頭からすっぽりと抜けていたのだ。
「でもシアンさん、自分で食べれますよ?」
ちらりとシアンさんを見遣る。シアンさんは頑として私の口元からサンドイッチを動かす気はないようだ。
シアンさんに指摘されて気づいてしまった空腹。くぅーっと恥ずかしい音を鳴らす前に食べた方が恥ずかしさは少ないだろうか。
いや、でも誰かに食べ物を食べさせてもらうなんて、高熱を出した時以来だ。
「セレス」
一言。
目の前の愛おしい人は、私の名前を呼んだ。
自分の名前を呼ばれただけなのに、たまらない気持ちになるのは相手がシアンさんだからだろう。
「わ、かりました」
観念した私は頬にかかる髪を耳にかけ、目の前のサンドイッチにはむ、とかじりついた。
シャキシャキのレタスと瑞々しいトマト、脂の乗ったベーコンが挟まったサンドイッチは我ながら美味しく出来ていた。パンに塗ったマスタードがアクセントになっている。一口食べたら、途端にお腹が空いてきて、気づけばあっという間に半分食べてしまった。
もちろん、シアンさんが持ったままのサンドイッチだ。
「! すいません」
「俺が食べさせたくてやってるんだ、謝る必要はない」
「残りは自分で……」
「最後までこのままに決まってるだろう」
シアンさんはこうと決めたら絶対に譲らない。
サンドイッチを食べる私を目を細めながら見つめる彼の視線をくすぐったく感じながら、私は最後の一切れまで頬張る。
「ご馳走様でした」
「まだあるぞ」
「それはシアンさんの分です」
「俺のものを俺がどうしようと構わないだろう」
「それはそうですけど、私はシアンさんに食べてほしくて作ってるんです」
「…………」
シアンさんはパチパチと瞬きをした後、サンドイッチへと伸ばしていた手を引っ込めた。
「でも、どうして急に食べさせようなんて思ったんですか?」
「少し思い出しただけだ」
「それは聞いても……?」
「昔、お前に愛想を尽かされないように、いつもと違う事をして労わるべきだと言われただけだ」
「―-っ!」
それはきっと、かつてこの研究所で副所長を勤めていた彼の大切な友人の言葉なのだろう。
少しだけ昔を懐かしむように細められた目が愛おしい。
「ありがとうございます、シアンさん。でも、私がシアンさんに愛想を尽かすなんて事……あり得ないと思いますよ?」
「当然だろう。しかし、絶対あり得ないと思っていた事をひっくり返したのはお前だ。用心はしないとな」
「それは……」
「俺に初恋なんていうものを教えた責任は重いぞ」
「……っ!」
そう言ってシアンさんは私の返事を待たずに唇を奪うのだった。