色移り(蒼玲)

捜査会議が終わり、皆それぞれ割り振られた持ち場に戻ろうとする中、会議室を出たあたりの場所にアイツを見つけた。

「あそこに玲がいますよ、蒼生さん」
「……見れば分かる」
「俺、コーヒー買ってくるんで、出発は十分後で良いですよね?」

誰に用事があるか確認していないのに、夏樹は全てを察した様子で「それじゃ、また後で」と颯爽と駆けていってしまう。後輩の背中を照れ隠しの舌打ちで見送った後、ようやく玲に向かって歩き出す。

「……おい」
「蒼生さん!お疲れ様です」

顔を上げた玲は、ぱっと安心したように表情をほころばせる。それだけで胸に来るものがあったが、顔に出さないようにぐっと堪える。

「これ、着替えとサエコさんが作ってくれたお弁当が入ってます」
「ああ、助かった」

普段なら自分で着替えを取りに帰るのだが、今回のヤマは難航しているため、睡眠時間も削るだけ削っての捜査をしていたので、着替えを取りに行く時間さえ作る事が出来なかった。署の近くにある量販店で着替えを買おうかと思っていたところ、昼間耀さんに用事があってやってきた玲が「仕事終わってからになりますが、私が持って来ましょうか?」と言ってくれたので、素直に甘える事にした。

「サエコさんがあまり無理はしないで頑張ってねって言ってました」
「わかった」
「その……私も無理はしないでほしいって思いますけど、無理をしなきゃいけない時があるというのは分かっているつもりなので……蒼生さんが帰ってくるの、待ってますね」

マトリである玲とは、時々事件がかち合う。だから互いの仕事の忙しさ、大変さ、踏ん張りどころだっておおよそ理解は出来る。だから無理はしないで、と言えないのだろう。けれど、俺を労わる気持ちはとても伝わってきた。

「ちょっとこっち来い」

玲の手を掴み、人気のない廊下へと連れていく。念のため、きょろきょろと周囲を確認すると「蒼生さん?」と玲が小首をかしげて俺の名前を呼んだ。
正直、睡眠も休息も何もかも足りていないが、一番足りていないのはコイツだ。今日だって久しぶりに顔を見れたのだ。玲の頬を両手で包み、上を向かせると、唇を押し付けた。久しぶりに触れたそこはいつも通り柔らかく、ほんのりとイチゴの味がした。

(イチゴでも食べたのか?)

回らない頭でそんな事を考えながら、玲の唇を食む。舌を差し込もうとして、そこまでしたら理性が吹っ飛ぶなと我に返り、そっと唇を離した。

「蒼生さーん!そろそろ行きますよーっ!」

どこからともなく夏樹の声が聞こえる。

「悪い、そろそろ行かねーと」
「あっ……はい」

頬をうっすら赤くした玲はこくりと頷いた。玲から紙袋を受け取り、後ろ髪をひかれる思いのまま、俺は歩き出す。

「蒼生さん、頑張ってくださいね!」

玲の声に片手をあげて応え、夏樹と合流する。

「悪い。着替えとサエコさんの弁当。デスクに置いてきてもいいか」
「サエコさんの弁当?ラッキー!後でのお楽しみですね。あ、蒼生さん。それともう一つ」
「?」
「口、色移ってるから拭いた方が良いっすよ」
「!」

慌てて唇を手の甲で乱暴にぬぐう。確かに手の甲にはほんのりと色が移った。

「いいなー、俺も彼女欲しいなー」
「うるせえ。すぐ戻るから待ってろ」
「はーい」

赤くなった頬を軽くたたきながら、俺はなんとか捜査へと気持ちを切り替えるのだった。

「うーん、いまいちかなぁ……」

蒼生さんの追っていた事件が無事に解決した週の土曜日。久しぶりに休みの蒼生さんとデートの約束をしていた。せっかく久しぶりの休日だし、家でのんびりしたいんじゃないかと心配したけれど「どっちにしろ都築先生の新刊を買いに出かける」と言うので、お言葉に甘えてデートのお誘いを受ける事にした。
買ったばかりの白のシフォンブラウスにレモン柄のフレアスカートを着た私は姿見の前で、うんうん唸っていた。爽やかな夏のイメージだけど、つけているリップの色があまり夏っぽくない。もう少しオレンジっぽいリップの方がこの恰好には合う気がしたんだけど、あいにく手持ちになかった。

(こんな事ならこの服一緒に買った時にリップも見れば良かったなぁ)

約束の時間が迫ってきているので、最近お気に入りのイチゴの香りがするリップを塗り、ひとまず完成にする。

(蒼生さん、なんて言うかなぁ)

リップの色なんて気にも留めないだろうけど、気にしてしまうのが乙女心というもので、その乙女心は好きな人には可愛いと思ってもらいたいと強く訴えているのだ。

(……次。次の時はメイク道具も一新しよう)

そう心に決めて、私はハンドバックを手に部屋を出た。

「蒼生さん、お待たせしました!」

リビングのソファで本を読んでいた蒼生さんに声をかけると、蒼生さんは栞を挟んで本を閉じ、眼鏡を外した。
何か言ってくれるかな、とドキドキしながら蒼生さんを見つめていると部屋の中に蒼生さんの気配しかない事にふと気づいた。

「あれ?サエコさんは?」
「友達に誘われたってさっき出かけていったぞ」
「いつの間に……」

蒼生さんは立ち上がって、私の方をしげしげと見つめる。普段そんな風に見つめられる事が少ないので、私の気合が通じたのかと思い、ピンと背筋を伸ばした。

「……じゃ、行くか」

蒼生さんは何も言わず、玄関の方を向いてしまう。私はとっさに蒼生さんの腕を掴んだ。

「あ、あの!蒼生さん!」
「どうした?」

腕を掴まれた事に驚いたのか、蒼生さんは目を丸くした。

「今日の私、どうですか!?」

我ながら直球すぎるボールを投げたものだ。でも、気合を入れてオシャレをしたのだ。メイクで気になる部分はあっても、褒めてもらえたら嬉しい。だって蒼生さんに可愛いと思って欲しくて、オシャレをしたんだから。

「……それ、こないだもつけてたやつ?」

蒼生さんの指が私の顎、というか下唇にぎりぎり触れないラインをなぞる。

「最近お気に入りでつけてるんです。色もイチゴを意識した色合いのリップなんで、イチゴの香りもほんのりするんですよ」
「ああ、だからか」

蒼生さんは何か納得いったように一人頷く。触れていた指は私から離れてしまう。

「……良いんじゃねーの。服も、リップも」
「!」

さっきまで鏡の前で唸ってたのが嘘みたいに晴れやかな気持ちになる。
嬉しくて、蒼生さんに飛びつくような勢いで抱き着くと「おいっ」とちょっと上擦った声が頭上から降ってくる。

「蒼生さん、大好きです……!」
「!お前、そういう事は……」
「?」

顔を上げると蒼生さんの頬がほんのり赤く色づいている。あ、照れてるんだと思った後、我ながら大胆な事をしていると気づいて、一歩下がる。

「お前って、本当に――」
「えっ、あの……」

離れようとした私を蒼生さんの手が阻む。腰を抱かれ、再びゼロ距離になると、蒼生さんの顔がぐっと近くなる。
キスの予感にそっと目を閉じると、唇が触れたのは頬だった。驚いて目を開けると、少し恥ずかしそうな蒼生さんの顔があった。

「今したら移るかもしんねーから……続きは帰ってからだ」
「移る?」
「こっちの話だ。ほら、行くぞ」

蒼生さんは私の手を握ると、玄関を目指して歩き出すので、私も慌てて歩き出す。

今日も楽しいデートになりそうだ、と私は笑顔を浮かべるのだった。

良かったらポチっとお願いします!
  •  (27)