花を愛でる(縁オラ)

昼でも夜でも季節もお構いなしに狂ったように咲く桜の下で、私は縁を待っていた。

今日は手紙が午前中に一通。午後は0通だったため、いつもより早く死菫城のお手伝いを始めた。
窓硝子を拭くのは楽しい。昨日綺麗にしたばかりの硝子に誰かの指紋を見つけると私はそこを丁寧に拭いていく。
作業に没頭する日もあれば、カメリアとおしゃべりをしながら作業する日だってある。
今日は作業に没頭する日で、一人でほとんどの窓硝子を磨き上げた。
そんな私に縁が言ったのだ。「桜の下で待っててくれる?」と。

桜の花を見上げると美しい薄紅色の花弁がひらひらと舞う。
そういえばあの花弁が唇に落ちたのを縁が取ってくれた。
思い出すだけで顔が熱くなってしまい、パタパタと手で顔を仰いでいると縁がやってきた。

「白夜、お待たせ」
「縁!」

縁に駆け寄ろうとすると、彼に片手で制される。大人しくそこにいろという事だろう。
桜の花が見やすいようにと設置されたベンチに座り直すと、その隣に縁が腰を下ろす。

「縁、それは?」
「君が気に入ると思って」

そう言いながらお盆を覆っていた布を取る。そこには可愛らしいお菓子がちょこんと載っていた。

「可愛い! これは?」
「桜餅だよ」
「桜餅って、この?」

私は思わず頭上に視線を遣る。すると縁は小さく頷く。

「まあ、この桜を使って作っているわけじゃないけど。でも桜の花に見立てたお菓子だ。桜を見ながら食べるとより一層美味しいよ」
「食べていいの?」
「君に食べさせたくて用意したんだ」
「ありがとう、それじゃあ早速」

葉っぱにくるまれた薄紅色の実。葉っぱを剥がそうとすると「そのまま食べれるよ」と縁に言われる。葉っぱまで食べれるなんて不思議なお菓子なのね、と思いながらそれにかぶりついた。
もちもちとした皮? もち米のようなものの中から甘い餡子が姿を見せる。葉っぱは少ししょっぱくて独特の味がするが、餡子と合わせるとちょうどいい味になる。

「美味しい」
「そう、それは良かった」

縁は桜餅を頬張る私を目を細めながら見つめている。
なんだか自分が子供に思えて、途端に恥ずかしくなる。
桜餅は二個あるのに、縁は手を付けようとしない。
そういえばいつも彼は私が食べる姿を見守ってばかりで、一緒に食べる事はほとんどなかった。

「縁は食べないの?」
「僕はいいんだ。君が美味しそうに食べる姿が一番の御馳走だからね」
「……もう、そんな事言わないで」

食べかけの桜餅をお皿に戻し、まだ手をつけていない桜餅を持ち上げるとそれを縁の口元へと運ぶ。
思ってもみない行動に驚いたのか、縁が一瞬目を見開いた。

「白夜、これはどういう……」
「食べて。これは縁の分よ」
「それは僕が君のために用意したんだけどな」
「私が頂いた桜餅を私が縁に食べさせたいと思っても悪くはないでしょう? さあ、口を開けて」

ずいっと近づくと縁は桜餅と私を交互に見比べる。
そうして私が一歩も引くつもりがない事を悟ったのか、観念するように口を開く。
ほんのり、縁の頬が赤く染まっているような気がした。

「白夜……?」
「ああ、ごめんなさい。どうぞ」

思わず縁の顔を見入ってしまい、手が止まっていた。
慌てて彼の口に桜餅を持っていくと、かぷりと桜餅を頬張った。

「どう? 美味しい?」
「……ふふ、美味しいよ」
「そうでしょう? 良かったわ!」

私が得意げになるのはおかしいが、縁が美味しいと言ってくれた事が嬉しくて思わず胸を張る。
すると、縁がもう一口、一口と桜餅を頬張り、あっという間に桜餅を食べてしまう。

「たまにはこうやって一緒に食べれたら嬉しいわ」

縁に笑いかけながら手を引っ込めようとした時だった。
突然、縁に手首を掴まれた。そしてあろうことか桜餅を持っていた指先をぺろりと舐められる。

「!?!? よ、よすがなにしてっ!?」

突然の行動に声がひっくり返る。
けれど、縁は答えない。チロチロと私の指先を舌で弄び、それに飽きると指を口に含んでしまう。縁の口の中はなんだか熱くて、でも私はこの熱を知っていると思った瞬間、体が熱くなる。

「―-っ」

ちゅ、と指を吸われた瞬間。縁の葡萄色の瞳が私を捉える。その瞳には、明らかに欲が浮かんでいた。

「よ、縁……! だめよ、こんなところで!」

慌てて腕を引こうとするが、縁はそれを許してくれない。
ここには滅多に人が寄り付かないとはいえ、全く来ないわけではない。
でも、あんな瞳で見られたら流されてしまいそうで……

「ふっ、そんな可愛い反応されるとこの場で押し倒してしまいたくなるね」
「駄目よ、ここじゃ!」
「ここじゃないなら良いんだ?」
「~っ、それは……」

そうなのだけれど。
顔が熱い。今すぐ逃げ出したいという気持ちと、このまま縁の胸に飛び込んでしまいたい気持ちがぶつかって、結局私は動けない。
くく、とかみ殺したように縁が笑う。

「君があんまり可愛いから困ってしまうね」
「今困ってるのは私なんですけど」

縁を睨みつけると、縁はまた楽しそうに笑って、触れるだけの口づけをしてくる。

「いつも頑張ってくれる君へのご褒美のつもりだったのに、僕のほうがご褒美をもらってしまったみたいだ」
「え? ご褒美をくれたのは縁よ。こんなにきれいな桜の下で、桜餅を食べさせてくれて」
「じゃあ、僕へのご褒美……これからもらってもいい?」

耳元に唇を寄せ、囁くように言うと私の耳朶を甘く食んだ。
それはつまり――……

「ま、まだ桜餅食べ終わってないから!」
「そう? じゃあそれを食べ終わったら、君の時間を僕にくれる?」
「え、ええ……そう、ね」

どうして最初の一口をあんなに大きくしてしまったんだろう。
あと二口で桜餅はなくなってしまう。
これを食べ終えたら、私はどうなってしまうのか。どうされてしまうのか。
期待と緊張で胸の鼓動は高まるばかり。

そんな私を見つめながら、縁が幸せそうに微笑むのだった。

 

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