「…………あれ」
いつものように胸を潰してさらしを巻いていた時だった。
散々見慣れた自分の体を見て、衝撃が走った。
◆
待ち合わせの喫茶店。
メニューとにらめっこをしていると、入り口のドアが開く音がする。
そちらに視線を遣ると、見慣れた恋しい姿を見つけて頬が緩んだ。
「カイさん!」
「すまない、待たせたな」
手を挙げてカイさんを呼ぶと、カイさんはすぐに気づいてくれた。
優しい笑顔を浮かべ、カイさんはすぐに私の待っている席へとやってきた。
その間にも周囲はカイさんの存在に気づき色めき立つ。
「随分待たせたんじゃないか?」
「いえ、そんな事ないですよ」
「出かけにつかまってしまってな……」
「ふふ、お疲れ様です」
どこに行ってもカイさんは頼られる存在なんだなと思うと嬉しくなる。
にこにこしながらカイさんを見つめていると、開きっぱなしのメニューにカイさんが目を落とす。
「待たせたお詫びだ。好きなものなんでも頼んでくれ」
「あー……お気持ちは凄く嬉しいんですけど」
「どうかしたのか? まさか体調が優れないのか」
私の言葉に途端にカイさんは心配そうな顔をする。
「いえ! 体調は全く問題ないです……ないんですけど」
言いあぐねる私の手をカイさんがそっと握る。触れ合っている部分からカイさんのぬくもりが伝わってきて、ドキリと心臓が跳ねる。
「俺に言えない事なのか?」
「…………いえ、言えます」
あまり言いたいものではないが、仕方がない。
私は覚悟を決めてカイさんを見つめる。
「太りました。なのでダイエットをしようかと」
「……そうか。そういえばさっき入口の看板に新メニューが」
「カイさん、聞いてましたよね? 私、太ったって……」
さすがに何度も言うのは恥ずかしいので、太ったという部分は小声で囁くと、カイさんはこらえきれないといわんばかりに笑みを零す。
その笑顔の破壊力の大きい事。私は言葉を失ってしまう。
「元々立花は軽すぎる。もう少しウェイトを重くしたって問題ないだろう。
そもそも自分の体を重いと感じているのか?」
「いえ、それはないんですけど……いつもより、ちょっとお腹が出ているような気がしたので」
「なら後で見てやろう。どっちにしろ食べる時に食べておかないとこれからの稽古乗り切れなくなる。来週から夏公演に向けて稽古が始まるんだろう?」
確かにカイさんの言う通り、稽古中は体力をとても消耗する。
気温が上がれば食欲も落ちるし、油断したらあっという間にダウンするだろう。
そう思ったら、今多少太っていても問題ないんじゃないかという気がしてくる。
「カイさんの言う通りですね……分かりました。ダイエットは一旦やめておきます」
「ああ、それでいい。……まぁ、後で確認するから問題ないだろう」
「何をですか?」
「お前が本当に太ったかどうか。さっき見てやるって言っただろう?」
「!!!!」
カイさんが意地悪めいた笑みを浮かべて、ちらりと視線をお腹に寄越す。
テーブルで見えていないはずのお腹を慌てて抑えると、カイさんが小さく笑った。
「あの、カイさん……」
「ほら、好きなものを選べ」
「あ、ありがとうございます」
カイさんが勧めてくれた新メニューをぺろりと完食した私は、その数十分後にはカイさんが一人暮らしする部屋で後悔するはめになる。
ちなみに増えた体重は、カイさんが言う通り夏公演に向けての稽古をしているうちにあっという間に元に戻るのだった。