「ちょっと、なんて顔してんの」
玄関のドアを開けた神楽さんは私の顔を見て、開口一番にそう言った。
「あはは。すいません、ちょっと徹夜明けです」
「……早く入って」
「お邪魔します」
ここ数週間、互いに仕事が忙しくてなかなか会う時間を作れていなかった。
だから、今日は仕事に一区切りがついたから会えそうだと神楽さんからメッセージが届いた時はとても喜んだ。その報せを受けた後、まさか当面動きはなさそうだと聞いていた青山さんが追っていた山が突然動き出すとは想像もしていなかった。
そこから怒涛の三日間だった。現場で駆けまわり、資料をまとめたり。
課が一丸となったおかげでなんとか収束に向かい、今日はもう帰ってゆっくり休もうという関さんの言葉におかげで神楽さんとの約束を反故にせず済んだ。
リビングに通された私はソファに腰を下ろす。神楽さんの家のソファは座り心地が抜群だ。多分このまま横になったら三秒後には夢の世界だろう。
ここに眠りに来たわけじゃない。一目でいいから神楽さんに会いたくて来たのだ。
「そんなわけで私、ぼろぼろなんで少ししたら帰ろうかと思います」
キッチンで飲み物を用意してくれている神楽さんに向かって言うが、返事はかえってこない。少しして、神楽さんが戻ってきた。手には飲み物ではなく、タオルが握られていた。
「……神楽さん、それは」
「泉、ここに横になって」
「え!?」
神楽さんは私の隣に座ると、ぽんぽんと膝を叩く。
思ってもみない神楽さんの行動に素っ頓狂な声を上げると、神楽さんが呆れたような表情を浮かべる。
「でも、そんな事したら――」
「つべこべいわない」
神楽さんに腕を引っ張られた私はバランスを崩し、そのまま神楽さんの膝に倒れ込む。慌てて起き上がろうとした次の瞬間、神楽さんの手が私の視界を覆った。
条件反射で目を閉じると、なんだか温かいものが瞼の上に乗せられる。
「これはタオル……?」
じんわりと瞼の上が温まる。疲れがじわじわと溶けていくような感覚は、すぐに遠ざけていたはずの眠気まで手繰り寄せる。
「そんなひどい顔して帰すわけないでしょ」
「でも、私がここで寝たら……せっかく神楽さんも久しぶりにゆっくり出来る時間なのに」
「じゃあ泉はすぐ帰ろうと思ってるくせになんでここに来たの」
「それは……神楽さんに一目でも会いたかったから」
「僕も同じ気持ちなんだけど」
「……え?」
神楽さんの言葉に、呼吸の仕方さえ吹っ飛びそうになる。
一拍呼吸して、神楽さんは言葉を続ける。
「まさか徹夜明けのへろへろした状態で来るとは思わなかったけど、そんな状態でも会いたいと思って会いに来てくれたんだから嬉しいに決まってるでしょ。すぐ帰るって言われる方が迷惑なんだけど」
「……かぐらさん」
顔が見えないのがもどかしい。タオルをどけようとすると、神楽さんがぐぐっと抑えてしまう。どうあっても顔を見せてくれない気だ。
神楽さんは今どんな顔をして、私に話をしてくれているんだろう。
少し赤くなったりしてるのかな。そう思ったら愛おしさで胸がいっぱいになる。
「少しだけてもいいですか。……それで、起きたら神楽さんをいっぱい感じたいです」
そう言うと、神楽さんが小さく笑う気配がする。
「いくらでも感じさせてあげるから。今はおやすみ」
「……はい」
ありがとうという言葉を言えたかどうかは分からない。
優しく私の頭を撫でてくれる大好きな人の手を感じながら、私はあっという間に眠りに落ちるのだった。