カイさんが卒業して、もう学校では会えなくなった。
互いに舞台稽古があるので頻繁に会う事は叶わないけれど、僅かな時間を見つけて私たちは二人きりの時間を作るようになった。
待ち合わせの喫茶店。
弾む息を押さえながら、店内に足を踏み込む。
きょろきょろと周囲を見回すと、一際オーラを放っている人を見つけた。カイさんだ。
「カイさん、お待たせしました!」
「いや、待っていない。急がなくても俺は逃げたりしないぞ」
カイさんは読んでいた本を閉じながら、こちらを見る。
カイさんの正面の席に座ると、メニュー表を差し出される。
それを受け取りながら、カイさんを見つめる。会うのは二週間ぶりだ。
会うたびに聞かなくてもカイさんが日々舞台に熱心に取り組み、未だ成長し続けている事がうかがえる。そんなカイさんを見ていると私ももっと頑張らないとという気持ちになる。
――それともう一つ。
会うたびにカイさんは格好良くなっている気がする。
そんなカイさんに会えた事が嬉しくて、こらえきれず頬が緩んだ。
「でも、早くカイさんに会いたかったんで」
「……そうか。俺もだ」
メニュー表で隠れている手に、カイさんの手がそっと触れる。
手汗かいてないかな、とか考えながらちらりとカイさんを盗み見るとカイさんは嬉しさを滲ませた表情で私を見ていた。
(……でも、嬉しいな)
カイさんの指に自分の指を絡ませる。舞台の上では手を取り合って踊ったり、抱き合った事もあるのに、ただの立花希佐になるとカイさんの全てに心が奪われそうになる。
「注文、決まったか?」
「……えーと、アイスティーにします」
「食べ物は?」
「食べ物は、お腹が空いてないので」
「そうか……腹が空いたら、俺の部屋で何か食べればいい」
その言葉に顔が熱くなる。
私とカイさんは喫茶店で待ち合わせした後、一人暮らしをしているカイさんの部屋に行く事が多い。
それがすっかり暗黙の了解になったのに、毎回照れてしまう。
そんな私をカイさんは愛おしそうに見つめるのだ。
緊張をほぐすように、出来る限りゆっくりと運ばれてきたアイスティーを飲む。
アイスティーを飲んだばかりだというのに、すぐ喉がカラカラになった。
喫茶店を出て、カイさんの部屋に移動する。
部屋に入り、いつものようにソファーに座るよう促される。
手伝うと言っても、座っててくれと言われてしまった私はキッチンでカイさんがお茶を淹れてくれる後ろ姿を見つめていた。
「温かいもので良かったか?」
「はい、ありがとうございます」
淹れたての紅茶をローテーブルの上に置くと、カイさんは私の隣に座った。
拳一つ、いや、指一本さえ入る隙間がないほどぴたりと寄り添われ、鼓動が高鳴る。
「立花……」
カイさんの手が私の腰に回る。体は一層密着し、騒がしい鼓動がカイさんに聞こえてしまうんじゃないかと恥ずかしくなる。
そっとカイさんの顔が近づいてくる。もう何回もカイさんとキスをしている。
だけど、もう駄目だと思った。
「あ、あの…!」
唇が重なる寸前。自分とカイさんの間に無理やり手を挟む。カイさんの唇は私の手のひらにぶつかり、目を閉じていたカイさんは驚いたように目を開いた。
「……どうかしたのか?」
「その、カイさん……お話があって」
「?」
「キ、キスするの……しばらくやめませんか?」
思い切って告げた言葉。
恐る恐るカイさんを見つめると、カイさんはぴくりとも動かない。
瞬きをするのも忘れているようだ。
「…………」
「カイさん?」
「……何か不満があるのか?」
ようやく動いたカイさんは、ぐっと顔を近づけて私に詰め寄る。
思わず後ろに手をつくが、カイさんに腰を抱かれたままなので距離を取る事が出来ない。
「お前に何か嫌な事をしてしまったんだろうか。そうだったら……」
「ちが、違います!
その……カイさんとキス……すると、こう……隠しきれなくなるっていうか」
ユニヴェールに居続けるためには女だという事がバレてはいけない。
今でももちろん十分に気を付けているのだけど、カイさんといる時の私は少女に戻ってしまう。
カイさんに恋するただの立花希佐に。
キスをするたびにカイさんへの気持ちが溢れそうになる。
そんな時、鏡を見ると私は完全に少女の顔をしていたのだ。
これ以上続けたら溢れてせき止められなくなるかもしれないと思ったら怖くなった。
カイさんにその想いを伝えると、カイさんはしばらく黙った後に腰に回していた手を後頭部に回し、私を引き寄せた。
「カイさ――んッ、ん……ぁ、んんぅ」
唇の隙間からカイさんの舌が入ってくる。
逃げ惑う私の舌をカイさんはあっさりと捕まえると、舌を絡ませ甘く吸い上げる。
じゅる、と音が響いた途端、羞恥で顔が熱くなる。
「カイさ、んっ、待っ……んっ、ンッ、ぁ」
唇を離してもすぐに強引に重なってくる。
貪るようにキスを交わしながら、気づけばソファの上に押し倒される格好になっていた。
長いキスを終えて、唇が離れるとカイさんと私の間に銀の糸が見えた。
それを舌でぷつんと切ったカイさんの表情が、あまりにも色気に満ちていて言葉を失う。
「俺の知る立花希佐は、これくらいで駄目になる人間ではない」
「カイさん……」
「俺の前でくらい、ただの女になってもいいだろう」
「……っ」
離れた唇がまた重なる。
今度は優しいキスだ。唇が重なっては、離れ。離れては重なってを繰り返す。
こんなキスをされたら、もう――
「……カイさん、私頑張ります」
「ああ、それでこそお前だ」
カイさんは優しく笑うと、もう一度キスをしてくれた。
私はそっとカイさんの首に腕を回すのだった。