be with you(凛琴)

いつもと変わらない平日の午後。アンシャンテはゆったりとした時間が流れる。いつもの席で美味しそうに珈琲を飲むミシェル、ゲーム機の画面を楽しそうに琴音ちゃんに見せるイル。大盛りのナポリタンをぺろりと平らげるイグニス。裏庭の手入れを終えて戻ってきたカヌスは琴音ちゃんのアイスコーヒーを飲んでいた。
僕はというと――最近少しずつ慣れてきた体で、自分の出来る事をしている。今は食器を洗い終わったところだ。今日は一枚も割らずに済んだことにほっと胸を撫でおろす。
そんな時、微かな振動音が聞こえてくる。

「琴音ちゃん?」
「あ、すいません」

琴音ちゃんはポケットからスマホを取り出すとそれを握って「ちょっと母から電話みたいです。出てきますね」と言って奥へと引っ込んだ。
十分も経たずに戻ってきた彼女は少し困った表情を浮かべていた。勿論それに気づいたのは僕だけじゃなかった。

「何かあった?」
「いえ。ただ、母がたまには実家に顔を見せてと言っていて……会社勤めの頃は実家に帰る余裕もなかったし、アンシャンテを引き継いでからも帰ってなかったから心配したみたいで」

時々電話はしてるんですけどね、と琴音ちゃんは笑う。人の良い彼女は店を閉めれば、僕らが困るだろうと思っているのだろう。

「いい機会だから数日お店を閉めて里帰りをしたら?」
「え?でも……」
「琴音は働きすぎです。私のおすすめ乙女ゲームをやりながら実家に帰ると良いと思います」
「頑張り屋のマスターには感謝してるけど、少しの間店を閉めたっていいと思うよ」
「手入れが不安なら我がしておこう」
「帰ってきたら美味いもんいっぱい作れよ?」

常連メンバーが口々に帰省を促す。それを聞いて琴音ちゃんがちらりと僕を見た。

「……それじゃ、一日だけ。休んでもいいですか?」
「一日と言わず一週間くらい休んでいいよ」
「あはは。そこまで休んだら私の方がお店恋しくなっちゃうから……一日だけ。ちょっと顔を見せれば母も安心すると思うので。みんな、ありがとう」

琴音ちゃんが丁寧に頭を下げた。
顔を上げたタイミングでミシェルが口を開く。

「それで?一緒に行くんでしょ?」
「え?」

僕の目をまっすぐに見つめて、とんでもない事を言う。

「一緒に行ってくれますか?」

逃げれないように僕の服の裾をきゅっと握る琴音ちゃん。彼女の実家は東北だ。新幹線や電車を乗り継いで行くことになるだろう。フードを目深に被れば移動だって大丈夫だとは思うけど――

「実家への顔出しが終わったら、一緒にテンちゃんたちに会いに行きませんか?」

彼女の真剣な眼差しに、僕は頷く以外選択肢が見つけられなかった。


水曜日。ドアにぶら下げている札をCLOSEDにしているのを確認してから、僕と琴音ちゃんは早朝に出発した。
ミシェルが力を使って、普通の人には僕が人間に見えるようにしてくれた。今日一日くらいならそれで過ごせるだろうから安心するといいよと魔王様は優しい目で告げた。おかげでフードを一度も被る事なく、ここまでやってこれた。誰かを傷つけてしまいそうな指に怯えられる事もなく、昔と変わらない様子で僕は歩いている。

(変な感じだな)

人間だった頃の自分を遠い昔に感じた。
さすがに琴音ちゃんの実家に顔を出すわけにはいかないから、僕は一人で一足先に天咲島へ向かう事にした。

「むむ!凛堂、随分暗い顔をしているであります!」
「はは、そう見える?」

ハニワ型の人外――クーレイ族は僕の事を歓迎してくれた。以前調査に協力してくれたテンちゃんは他のクーレイ族よりもぴょんぴょんと大きく跳ね、嬉しそうだ。

「せっかくの再会だというのに……ホットワインを持ってこなかったから気にしているのでありますか?」
「うん、それは全く気にしてないね」

砂浜に腰を下ろすと、わらわらとクーレイ族が寄ってくる。彼らには僕の姿が人外に見えるだろうに。怖くないのだろうか。

「えーと……前に来た時と僕の姿が違うと思うんだけど、気にならない?」
「凛堂は凛堂なのであります」

きっぱりとテンちゃんが言う。その言葉に驚いてしまい、うまく返事が出来ない。その時、少し離れたところから砂浜を踏む音がする。顔をそちらにやると琴音ちゃんだった。

「凛堂さん!」

僕の姿を見つけて、嬉しそうに表情を綻ばせる。
彼女も、僕は僕だと受け入れてくれた人だ。

「もう良かったの?」
「はい!久しぶりに顔を見れて安心したって言ってくれたので、大丈夫です」
「そっか」
「やや、琴音殿!お久しぶりであります!」
「テンちゃん久しぶり。他のクーレイ族のみんなも」

琴音ちゃんはテンちゃんの頭を指でそっと撫でると、テンちゃんを手のひらに乗せて僕の隣に座った。
キラキラと太陽の光を受けて輝く海が綺麗だった。

「こうしてまた二人に会えて嬉しいであります」
「うん、私も嬉しい」
「琴音殿に頂いたハンカチ、今も大事に持っているであります」
「そうなの?じゃあ、今日も新しいの置いていくね」
「良いんでありますか!?」

楽しそうに話す二人に心が和む。琴音ちゃんは優しい子だ。優しいだけではなく、彼女には芯がある。

「いやー、まさかこうしてもう一度会えると思っていなかったので嬉しいであります!次に会うのはお二人の結婚式でありますか?」
「「え!?」」

とんでもないワードが飛び出してきて、僕たちは思わず声をあげる。そして目が合うと、琴音ちゃんの顔がほんのりと赤く色づく。そんな可愛らしい反応をされると僕も困ってしまう。自分の顔に熱が集まるのを感じていると、この状況を作り出した張本人はぴょんと跳ねて

「お二人に見せたいものがあったであります!取ってくるのでここで待っていてほしいであります!」と仲間を引き連れて駆けだしていった。
「テンちゃんの発言には困るね」

当たり障りない言葉を選ぶと琴音ちゃんも小さく頷いた。

「……テンちゃん気が早いですけど、私もさっき両親に聞かれました。いい人いないの?って」

大事な娘が一人暮らしをしているのだ。親だったら気になって当然だろう。

「だから私は、大切な人がいるって話してきました」
「琴音ちゃん……」
「凛堂さんの事が好きだから、これからも一緒にいたい。そう思っています。だから――」

琴音ちゃんの瞳に僕が映る。そこにいるのは人間の僕じゃない。人外の僕だ。それでも彼女は変わらず強い瞳で僕を捉える。

「香さん。これからも一緒にいてくれますか?」

彼女が紡いだ言葉に、心臓がドキリと跳ねる。

「琴音ちゃん、今名前……」
「結婚がどうかっていう前に……恋人同士なのに、いつまでも苗字呼びとか駄目だなって思っていたんですけど、それよりも私が香さんって呼びたいなって思ったんです。まだ慣れないですけど」

もう限界だった。
気づけば琴音ちゃんを強く抱きしめていた。

「琴音ちゃん」
「なんですか、香さん」
「君が好きだよ」

君が僕を好きでいてくれても、君を幸せにできる自信なんてない。本当は君の手を離してあげた方が良いのかもしれないけど。君が、どうしようもなく好きなのだ。

「私も好きです。凛堂さんのこと……あ、早速間違えちゃいました」

そう言って僕の腕の中でくすくすと笑う琴音ちゃん。

「これから慣れていってくれたら良いよ。ずっと一緒にいるんだ、ゆっくりでも構わない」

僕の言葉に、琴音ちゃんが嬉しそうな声で頷くのを幸福な気持ちで聞く。

君を好きになって良かった。心の底からそう思った。

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