幸福な夢(凛琴+御門×〇)

夢を見た。
それはとても幸福な夢だった。

 

「―-さん、凛堂さん!」
「え?」

名前を呼ばれ、はっと顔を上げる。目の前には僕を心配そうに見つめる彼女の姿があった。

「やっぱりお疲れなんじゃないですか?」
「ああ、いや。そんな事ないよ」

いつの間にか手元に置かれていた珈琲に手を伸ばす。まだ十分すぎるほど温かい。という事はまだそれほど時間が経っていないという事だろう。
ほっと胸を撫でおろしながら、珈琲に口をつける。
珈琲の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。彼女が丁寧に淹れてくれた珈琲はとても美味しい。
珈琲を味わいながら、自分が何をしていたか思い出す。

(そうだ。今日はやっと忙しいのから解放されて、久しぶりに彼女と食事でもって言って……そうしたら自分たちも一緒に行きたいと御門が駄々をこねて)

ーーだったら兄さんと琴音さんと私たちでダブルデートしましょうよ

雫の言葉に、御門が目を輝かせる。
この年になって、実妹と友人カップルとダブルデートなんて恥ずかしくて仕方がない。断ろうかと思ったが、話を聞いた琴音ちゃんが乗り気になってしまった。

――前から一度、ゆっくりお話したかったんです。雫さんと

そう言われてしまうと僕は弱い。
年の離れた妹のことは正直可愛いし、それよりもっと年の離れた恋人は目の中に入れても痛くない。
そうしてあっという間にダブルデートが決まってしまった。
御門と雫は仕事が終わってからの合流なので、まだ来ていない。
そして珍しく店内には僕と琴音ちゃんしかいない。おそらくみんな気を遣ってくれたんだろう。
せっかくの久しぶりの琴音ちゃんとの時間だ。ぼんやりしていてはもったいない。
頭を軽く振り、彼女に向かって微笑みかえる。

「琴音ちゃん」
「なんですか? 凛堂さん」

名前を呼べば、返事をしてくれる。
それだけのことが酷く嬉しい。
彼女が目の前で笑ってくれるだけで幸せな気持ちになる。
こんな青臭い感情が自分の中にまだあったなんて知らなかった。

不意にチクリと胸が痛んだ。
胸をさする自分の手が、違うものに見えてぎょっとする。

「―-っ!」
「どうしたんですか?」
「琴音ちゃん……これ、は」
「?」

琴音ちゃんが小首をかしげる。
僕の手の異常には気づいていない。
その時、カランカランと入口のドアが開く音がした。

「やあ、待たせたね。凛堂!」

懐かしい声がした。
声のする方を向いたはずが、真っ白でよく見えない。
僕を呼ぶ人の顔は見えなかった。
けれど、なぜかその人は笑っている気がした。

 

******

「―-さん、凛堂さん。こんなところで寝たら風邪ひいちゃいますよ」
「……ことね、ちゃん?」
「そうですよ」

身体を起こすと、肩にかかっていたカーディガンが床に落ちる。

「気持ちよさそうに寝ていたから起こすの可哀想だなぁって思ったんですけど……
そろそろお話したいなって思ったんで、起こしちゃいました」
「ああ……そうか、いつの間にか寝てたんだね。ごめんね」

僕の言葉に琴音ちゃんが首を左右に振る。
きっと、僕はうなされていたんだろう。
それを見て居られなくて、彼女は声をかけてしまった。おそらくそういう事だろう。
自分の手に視線を落とす。いつも通りの手だ。
人間じゃなくなった証。
妹と友人を亡くして、人間であることを捨てた証。

「……どんな夢、見てたんですか?」

琴音ちゃんが珈琲豆を挽きながら、問いかける。
その言葉を問いかけて良いか、散々悩んだんだろう。少し声が上ずっていた。
その優しさが嬉しくて、苦しくて。彼女を好きだなと改めて思った。

「……幸せな夢だったよ」

顔は見れなかったけれど、御門は生きていて。
雫も人外ではなく、普通の人間で。
ダブルデートなんてしちゃう夢が幸せだなんて笑ってしまう。

「いいですね、私も見たいな。あ、でも……」
「なに?」
「私、起きてても凄く幸せなんです」

そう言って、琴音ちゃんは幸せそうな笑顔を浮かべた。

「僕も、起きてても凄く幸せなんだ。君がいるから」

うまく笑えているか分からなかったけど、本当に思っている事を口にする。
一緒ですね、と笑ってくれた琴音ちゃんを幸せにしたいと心から強く思った。

 

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