紡ぐ言葉(頼遮)

鎌倉の邸で過ごすようになってしばらく経ったある日。
耳を澄ませていると、聞きなれた足音が近づいてくる事に気づいた。

「お帰りなさいませ、兄上! 今日はいつもより早いお戻りですね」
「…………ああ、ただいま戻った」
「兄上、何かありましたか?」

一瞬険しい顔をした事が気になり、兄上の顔を覗き込むと兄上は何も言わずじっと私を見据える。その視線に思わず姿勢を正し、兄上の言葉を待つが、なかなか次の言葉はやってこない。
外からはピピピピと鳥のさえずりが聞こえてくる。
のどかだ。とてものどかな日だ。今日は気候も落ち着いていて過ごしやすい。
もしも兄上に時間があるようだったら庭に一緒に出て、ゆっくりと歩けたらと思っていたんだけど……

「私はお前のなんだ?」
「! それは……」

力強く見つめられれば、羞恥で顔が熱くなる。
落ち着かない胸に手を置き、頭に浮かんだ言葉を口にする。

「私の、夫です……」

まだ慣れない。兄と弟――いや、妹。という関係ではなく、私たちは夫婦になったのだ。
それが嬉しくてくすぐったくて。それを言葉にすることに未だに慣れていないのだ。

「だったら兄上ではないだろう」
「あっ……も、申し訳ありません。あに……んんっ、よ…頼朝様」

名前を呼ぶと、兄上は柔らかな笑みを浮かべる。
最近ではそういう顔をする事が増えたとはいえ、何度見ても胸が騒がしくなる。

「もう一度」
「え?」
「…………」
「頼朝様」
「ああ」
「……頼朝様?」
「なんだ?」
「いえ……」

名前を呼ぶ度に兄上の纏う空気が優しくなる。
それがくすぐったくて恥ずかしくて嬉しい。

「頼朝様も、呼んでください。私の名を」
「……義経、愛してる」
「!」

名前以上の言葉まで振ってきて、思わず顔を上げると私の唇に温かなものが触れる。
兄上の唇だった。

「……お前は言ってくれないのか?」

腰に回された手が私をしっかりと抱き寄せる。もう片方の手は私の顎を軽く持ち上げて、視線を逸らす事も許してはくれない。

「私も愛しています、頼朝さ――……んっ」

最後まで言い切る前に再び唇が重なった。

 

――この後も、兄上を呼びに来る足音が近づいてくるまで私たちは離れがたくて唇を合わせ続けるのだった。

 

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