すっかり通い慣れた瀬尾研究室への廊下を歩く。
時計を見ると、約束の時間10分前。少し早いが、瀬尾さんがいないようだったら待たせてもらえばいい。そう思って、瀬尾研究室のドアをコンコンとノックする。
「どうぞ」と部屋の中から聞こえてきたのは瀬尾さんの声だった。
「失礼します。え!?」
研究室のドアを開けた私は視界に飛び込んできたものに驚いて、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。きょろきょろと部屋の中を見回すが、どうやら瀬尾さんしかいないようだ。人間は……
「郁人くんなら出かけているよ」
「あ、そうなんですね。ええと、瀬尾さん、こんにちは。その……頭の上にいるのは?」
挨拶の後、恐る恐る訊ねてみる。
すると瀬尾さんはなんでもない様子で「ああ」と笑った。
「この子はね、飛んできたんだ」
「鳥ですもんね」
「前にも窓から入ってきたことがあったんだけど、それから度々こうやって会いに来てくれるようになったみたいで」
「な、なるほど……」
瀬尾さんの頭の上の鳥ーー見た目からしてインコだろう――はまるで自分の巣でくつろぐみたいに瀬尾さんの頭の上に鎮座している。ぴぴぴぴ、と一声鳴くと瀬尾さんが視線を上に遣る。
「ああ、もう行くんだね? 気を付けて」
「ぴぴ!」
「!」
鳥は羽を羽ばたかせ、窓の外へと飛んで行ってしまう。
それを見届けてから、瀬尾さんはぱたんと窓を閉めた。
「鳥の言葉が分かる…わけではないですよね?」
「いつも飛び立つ前にああして鳴くんだ」
「なるほど……」
瀬尾さんは手帳にさらさらと何か書きこみ終わると手帳を仕舞い、こちらを向いた。
「窓を開けていたから寒いよね? 珈琲でも煎れようか」
「いえ、おかまいなく! もしくは私が……!」
瀬尾さんはミラクルを引き起こすドジなんだから飲み物を飲みたかったら自分で淹れろといつだったか早乙女さんに言われた事が頭をよぎる。
瀬尾さんは小さく笑うと「それじゃ、手伝ってくれる?」と私に問いかけた。
私はそれに力強く頷いた。
瀬尾さんの隣って、凄く心地よい。
まるでアルファ波でも出ているような。凄く優しい空気に包まれる。
きっとさっきの鳥も瀬尾さんの傍が心地よいのだろう。
だから時折羽を休めにきてしまうのかもしれない。
「鳥まで瀬尾さんの魅力にやられちゃうなんて……瀬尾さんって魔性の男ですね」
「それは初めて言われたかな」
「待ってください、書きとめようとしないでください」
そう言って仕舞ったばかりの手帳を開こうとする瀬尾さんを慌てて止める。
「でも、俺にとっては君がそうだよ」
「へ……?」
瀬尾さんを止めようとして伸ばした指が、瀬尾さんの手に掴まれる。
ドキリと鼓動が跳ねた瞬間ーー部屋のドアが慌ただしく開く。
「あれ、玲さん。来てたんだ、いらっしゃーい」
「す、すみません! タイミング悪く戻ってきて……」
「ひかるくん、潔くん、お邪魔してます!」
掴まれていた手はするりと解放され、瀬尾さんはいつもの優しい笑みを浮かべていた。
(あのまま二人が入ってこなかったら)
どうなっていたんだろうか。
どうにかなっていたんだろうか。
そんな事を想像してしまって、顔が熱くなる。
そんな私の顔をみて、閉めたばかりの窓を瀬尾さんがそっと開けてくれた。