人間は夢をみる生き物だ。
犬や猫も夢を見ている可能性はあるが、実際に彼らに聞き取り調査を行ったわけではないので、本当のところは分からない。
人外にも人間と同様――それ以上に知能を兼ね備えている者もいる。
そういう人外は僕たちと同じように夢を見るのだろう。
そうではない……例えば、僕の腕にすっぽりと納まっている君は――
夢を見ているんだろうか。
僕はそれを確かめる術さえ持たない。
「お待たせしました」
「ああ、ありがとう! んー、香ばしい香りだねぇ! では早速」
ここはアンシャンテ。人外たちが集まる喫茶店だ。
アンシャンテに顔を出すと凛堂が渋い顔をするが、生憎今日の彼は久しぶりの休暇を取らされているらしく、ここにはいない。
のびのびとした気持ちで珈琲の香りを堪能した後、テーブルに置かれているシュガーポットを開けて、じゃぶじゃぶと砂糖を投下していく。
「そ、そんなに入れて溶けますか?」
見かねた彼女がおずおずと質問してくる。
ティースプーンでかき混ぜるとカップの底にざらつきを感じたが、無視してかき混ぜ続ける。
「僕たちのような仕事は頭を使うからね。糖分はいくら入れても足りないんだ。
ねぇ、くーちゃん」
腕の中のくーちゃんに言葉を投げる。意識なんてほとんどない彼女は返事をするわけもなく。
僕は気にせずに、砂糖をたくさん入れた珈琲に口をつける。
甘い甘い珈琲の味が口に広がった。
夢を見る場合は大体浅い眠りだという。
凛堂雫という人間を失ってからの日々は、深く眠れたことなんてない。
それなのに僕は夢を見る事もない。
夢のなかでさえ、雫に会う事は叶わない。
珈琲を味わっていると、カランカランと入口が音を立てて開いた。
「御門!?どうしてここに……!」
「やあやあ、今日も随分と若作りをした格好をしているな、凛堂!
久しぶりの休みだというのに行くところがなかったのかい?」
「僕の事は良いんだよ。それよりどうして……」
長年の友人である凛堂は、休日になると随分と若作りに磨きがかかる。
確かに君の想い人は、随分と年下のようだけど、それでもなぁとひそかに思う。
彼女が見たらなんというんだろうか。少し呆れたような顔で笑って。
そしてたった一人の兄の恋が成就することを祈るのだろう。
「さ。くーちゃん、そろそろデートに戻ろうか。
くーちゃんに似合うとびきり可愛い帽子を探すというのはどうだろう?」
一瞬、凛堂が困ったように目を細める。
その表情に気づかないふりをするのにも、もう慣れた。
残っていた珈琲を一気に飲み干し、珈琲代をテーブルに置くと椅子から立ち上がった。
「ご馳走様。美味しかったよ」
「あ、ありがとうございます!」
「御門……」
「凛堂。良い休日を」
少し急ぎ足で入口まで歩く。ドアを掴んだ瞬間、僕を追いかけるように彼女の声が届く。
「御門さん! また是非いらっしゃってくださいね。その、くーちゃんと一緒に……」
「ああ、ありがとう。また来るよ」
軽く笑みを浮かべて、そう答える。
カランカランと、ドアベルが鳴る。
現実の君は、僕の名前を呼ぶことはおろか、話す事も出来ない。
夢の中でさえ君に会えなくても。
それでも。
君を愛している事はこれから先も変わる事はない。
そういう僕たちを受け入れてくれる場所だって、存在する。
そう……彼女みたいに。
「くーちゃん、また来ようね」
来た時より、足取りは軽い。
たった一人の友人の恋が成就することを祈りながら、僕は歩くのだった。