休日。今日は比良が私の部屋に来て過ごす、『お家デート』だ。
比良が私の部屋に来るのは今日で二回目。
勝手知ったる他人の家と言わんばかりにソファでくつろぐ比良を見て、私は小さく笑みをこぼす。
比良の前にお茶と手作りのケーキを出すと、彼はソファから起き上がって私の爪をじっと見た。
その爪にはまだ何も色を乗せていない。本当は比良にもらったマニキュアを塗ろうかなと思ったんだけど、彼は私にマニキュアを塗るのを気に入ったらしく、『今度から私がやる』と宣言していたのだ。
「こないだの爪紅を塗ってやる」
「じゃあお願いしようかな。あ、でも冷めちゃうから先にお茶飲んでからでも大丈夫だよ?」
「爪紅だってすぐ乾くわけじゃないだろう」
「……確かに」
比良に言われるがままマニキュアを用意し、彼の前に手を差し出す。
初めての時はとても慎重に塗ってくれたが、もう慣れてきたのだろう。
前回よりも早いペースで私の爪の色が彼の髪色に似た色に染まっていく。
「よし、こっちはできた」
「凄い、もう塗り終わっちゃった。はみだしもしてないし、比良って器用なんだね」
「これくらい出来るだろう」
面倒くさいが口癖のような彼が、しれっとそんな事を言う。
「ほら、もう片方出せ」
言われて、今度は左手を差し出す。マニキュアを塗ってもらう時、いつもより距離が近くなるので、私は内心とてもドキドキしている。
この心臓の音が、近くにいる比良に聞こえてしまったらどうしようとか考えていると、すぐ近くにある比良の瞳が私を捉えた。
「何考えてるんだ」
「え? えーと……」
比良の息遣いがすぐ近くに感じられてドキドキするとか、比良ってかっこいいなとか思っていたとはとても言えず、私は曖昧に笑う。
「なんか変な事考えてたんだろ」
「変なことって……別に恋人の事を考えるのは普通の事だと思うけど」
「……おまえ、目の前にいるのに私の事を考えていたのか?」
「あっ!」
うっかり口が滑ってしまった。恥ずかしさに顔を覆いたくなるがあいにくマニキュアを塗ったばかりの手を動かす事は出来ない。
頬が熱い、と思っていると比良の顔がぐっと近づいた。
「ひ、」
名前を呼ぼうとしたが、その言葉は比良の唇によって音になる前に消えてしまう。
ちゅ、ちゅ、とくっついては離れ、それを何度も繰り返すと比良の舌が私の口内へと侵入してきた。驚いて、後ろに下がろうとするが知らない間に比良の手が私の腰に回っていて逃げる事は出来ない。
比良の舌って大きい。それは妖だからなのか、それとも異性だからなのか、私には比較する相手がいないため分からない。だけど、その大きな舌が私の知らない感情を引き起こすという事だけは分かった。
「ーーはぁっ」
長いキスが終わると私は酸素を求めて深い呼吸をする。比良は何事もなかったかのようにマニキュアの続きを再開する。
「……比良」
「まだ途中だ」
「中断したのは比良なのに」
恨みがましい気持ちで言うと、比良は私をちらりと見る。
その頬はほんのり赤く染まっていた。
「人間は親しい相手と口吸いをするんだろう。ずっと見ていたから知っている」
「親しいというか、恋人同士しかしないけどね」
「私たちの関係なら問題ないだろう」
「そ、そうだね」
なんだか今日はどんどん墓穴を掘っている気がする。
左手の人差し指を塗り終わると比良はまた私にキスをする。今度は軽く触れるだけのキスだった。
「普段なかなかできないんだから二人きりの時くらい睦み合ってもいいだろう」
確かに普段顔を合わせても、それは仕事中の事だし、周囲の目もあるのでキスをするなんてなかなかない。私だって触れたいし、触れられたいという気持ちは持っているけど。
「でも、マニキュア塗ってるときは反則だと思う」
絞りだした言葉に、比良は柔らかく微笑む。
「口吸いをするのに、反則なんてあるのか?」
「それは……!」
「ならお前の思う口吸いをしてくれ」
それはつまり自分からキスをしてくれという事だろう。
なんだかはめられた気持ちになりながら、赤い顔で彼を睨んでみるが気にした素振りもなく、早くしろと目が訴えている。
「……比良のばか」
恥ずかしさを押し殺し、私はえいっと比良に顔を近づけ頬に唇を押し付けた。
今私が出来るのはこれが精いっぱい。
「……お前は本当に、」
「え?」
そう呟くと比良は私を抱き寄せ、唇を奪った。
私の指が全て彼色に染まる前に、私はぐずぐずに溶けてしまうんじゃないかと心配しながら、大人しく目を閉じるのだった。